見出し画像

夏野菜の煮びたし事件

財布もバラバラなら相手の給与の額も正しく知らず、食事の時間もほぼあわない、基本的に独立独歩で生きている夫婦である。が、わたしが仕事がお休みな週末は、美容師の相方は超多忙な週末なので、土日のどちらかの夕ごはんをつくってあげることにしている。

焼き付けるような日差しと息苦しいほどの熱波に、体の水分がぜんぶ汗になってしまうんじゃないかと思うくらい、めちゃくちゃに暑い日だった今日は、さっぱりと涼やかで、でもしっかりとした味つけの、するんと食べられるものがよいかな。ナスとピーマン、それからがんもや厚揚げをグリルして、キンと冷やした濃いくちのお出汁につけた、夏野菜の煮びたしなんてどうだろう、うん、そうしよう。という発想で今日の献立を決めた。

材料に軽くごま油をして、グリルでこんがりと焼く。そのあいだにだし汁にしょうゆとみりんをいれて沸かしたお出汁をつくる。材料が焼けたら、なすだけは皮をむいてお出汁にどぼん。ひと煮立ちさせたら鍋ごと大きなボウルに入れてあら熱を取り、冷蔵庫にいれてしっかり冷やす。

相方が帰宅してからこれも冷やしておいたお皿にもり、白髪ねぎをのせて完成。あとはごはんと、じゃがいもとわかめのおみそ汁、それからゆでたとうもろこし。

いつもテーブルにならべるとわあああとかはらへったーーーとかうまそーーーとかっていう歓声がキッチンまで聞こえるのだが、今日は何も聞こえない。どうした?と思ってのぞいてみると、まるで虫でも出されたかのような顔をして、おそるおそるなすをつつく相方の姿。「…なに、これ?」という声に、「え…煮びたしだよ…?」「…ごめんおれ、この野菜食えない」「え?!」

え?!

ほんとに「え?!」ってなったわ。だって、いままでなすだってピーマンだって煮ても焼いても揚げても死ぬほど出してきたし、お出汁の味つけだっていつもどおりだし。なにが?!なにが食えないの?!

いわく、「皮をむいたなすのビジュアルがあまり得意ではない」「ピーマンもそもそもあんまり好きじゃない」「冷たい汁に野菜が入っているのも嫌い」なのだそうだ。
「え、でもカポナータとか食べてたよね?」「あれは味が濃いから大丈夫…なのかなあ…」「ピーマン嫌いなの知らなかったよ?」「いや嫌いというか食べられるんだけど好きではないというか…」「なんで煮え切らないの?」「いや自分でもなにが食べられないのかよくわかんない…」

混乱した。まじか。そんな、食べられないものについて自分で言語化できないなんてことがあるのか。
そしてなぜかわたしは深く傷ついた。作った料理を、背中を丸めてつつかれること、虫でも出てきたかのような複雑な顔をされること。想定外のかたちで料理を否定されることによるダメージは、思ったより大きい。

これはたぶん、よくわからないところにまだ地雷があって、おそらく今後わたしはよかれの精神できっとまたその地雷を踏んでしまうのだろう。ショックを受けるのはもちろん、地雷を踏んでしまった側だ。たとえ設置した側に悪気がなかったとしても。


相方も気まずそうにしているから、これを書き終わったらもう悲しんでないよと伝えてあげようと思う。でも次、もしまた食べられないものが出てきても、そのときは虫みたいに扱うなよってことは、釘をさしておこう。




この記事が参加している募集

ほめられてのびるタイプです