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思い出の交差点

街中を歩いていると、そこかしこに仲睦まじい男女が手を繋ぎながら歩く姿が目につく。
首から一眼レフをぶら下げている男は真っ直ぐと前を見据え、同じ様にカメラを首に掛けた女は、その目元をチラと覗き込んだりしている。向こうの制服を着ている二人は写真を撮り合い、あちらの二人は同じ方を見ながら何かを口にしている。
そして、独り眺める僕の口からは「カップルだらけかよ!」という台詞が出そうになる。グッとこらえて、その人達の背中にある、見えないリュックの中身を想像する。

リュックの中には、沢山の思い出が入っているのである。その人達の軌跡を勝手に思い浮かべ、虚像の人生をそれぞれに背負わせてみるのだ。

彼は見た目からすると大学生であろう。
地元は道東にある村。そこは人の数よりも牛の数の方が多く、農業や酪農を生業とする家が多い。
彼は牛削蹄師の父親の元に生まれた。牛の前足を大仰な台の上に乗せ、伸びている牛の蹄を、特殊な機械を使って剪定する父の姿を、子供の頃から眺めていた。
高校に入るタイミングで、家庭の中で一番初めに生まれてしまった故に、家の仕事を告げと言われた。親は子を決められないが、子は生まれるタイミングさえも決められないのだ、と彼は自分のことを呪う。
そんな仕事に就く気はさらさらなく、その為の逃避行として、ここ札幌の大学に進学することとした。

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1,744字
ない頭を絞りに絞って書いた、雑巾の絞りカスのような矜持です。そう聞くと卑屈が過ぎるかもしれませんが、意外に、そんな卑屈な人が書いた文章が面白いこともあるかもしれません。文庫本で言えば250枚の分量があります。通勤の片手間に、トイレの暇つぶしに、半身浴のお供に、気が向いたときの矛先に読んでいただけると幸いです。

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