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第5話「ガリとの別れ」

河原の中に小屋があった。
この小屋の周りには木々や草が覆い茂っていた。
土手からは小屋の裏側は、見通せなかった。
この裏側に野良犬たちの住み家があった。
野良犬は大小6匹いたが、常に腹ペコだった。
この犬たちは、河原に子犬の時に捨てられたものや、家の事情で飼えなくなり捨てられたもの、体の一部が不自由なものもいた。
本来は、気の優しいおとなしい犬たちなのだが、空腹の時は、イライラを募らせていた。首輪のない犬に餌を持ってきてくれる人間はいない。
夜になると商店街に出かけて行って、ごみ箱をあさりどうにか命をつなぐ日々だった。

「お~い、土手の下においしそうな食べ物が置いてあるぞ。」
片足の不自由なビッコの声がした。
寝そべっていた犬たちが声のする方に首をもたげ立ち上がった。
「まて、何かあやしいぞ。」
赤目が止めようとしたが、皆は一斉に声の方向に走り出した。
土手の下にやってくるとすでに、ビッコは食べ始めていた。
「うまい。うまい。」その声に、皆の警戒心が緩んだ。
赤目だけは、周りを見たり臭いをかいだりしながら、食べ物には手を出さなかった。
食べ物は、あっという間に無くなった。
久しぶりの満腹感で、住み家に帰った皆は、ねそべったりまったりとしていた。
赤目は少し後悔をした。
俺も食べたら良かったという気持ちが、わいてきた。
その時、数人の人間の足音がやってきた。
「もうそろそろ良い頃だろう。」声がした。
商店街の依頼でやってきた野良犬捕獲の専門業者だった。
犬たちは驚いて恐怖で唸り声をあげ逃げようとしたが、足がしびれて動けない。
業者は、犬たちをあっさりと捕獲して、トラックに押し込んで連れ去った。
赤目だけは、とっさに逃げることができた。
猫の集会の時には、すでに野良犬の集団は消滅していた。
マサ爺に襲い掛かった犬は飼い犬で、この集団とは無関係だった。
草むらからタマとガリを見ていたのは、かろうじて逃げ出したばかりの赤目だった。
赤目はその時、恐怖で体が震えて止まらなかった。


赤目は隣町のおばあさんの家で飼われていた飼い犬だった。
名前は、ポチだった。
おばあさんは、いつも優しくしてくれていた。
ポチもおばあさんが大好きでいつもそばにいた。
おばあさんが、病気になって長期入院する事になった。
親戚が集まって家の処分とポチのことを相談した。
それぞれの事情でポチを引き取れないので、保護施設に預けようと相談がまとまった。
それを聞いていた、中学生の男の子が内緒で、ポチの首輪を外し逃がしてくれた。
保護施設でもポチの引き取り手が見つからないと、処分されると思ったからだ。
引き渡される寸前に、逃げだすことができた。
ポチはあちこちさまよいながらこの河原に仲間と住み着くようになった。
食料の心配はあるが、今までにない自由や仲間といるうれしさを感じていた。
その喜びが、一瞬でなくなってしまった。
一人ぼっちになってしまった。
ともかく怖くて仕方がなかった。
外見は凶暴な犬に見えるかもしれない。
でも本当はただ怖くて仕方がないだけだ。
ちょっとした物音にも敏感に反応してしまい唸り声が出てしまう。
明るいうちは、草むらから一歩も出られない状態が続いた。


タマとガリは商店街にすっかりなじんで、毎日が楽しかった。
ガリは集会の話などすっかり忘れてしまっていた。
この辺りで野良犬なども見たことがなかった。
河原に来てタマとガリがふざけあっていた。
その時に、ガリは赤目と草むらで鉢合わせした。
「しまった。タマにげろ。」
そう叫ぶとガリは、川の方に逃げた。
タマは反対の土手の方に逃げた。
赤目は、恐怖心が頂点に達し、もう自分が何をしているのか分からなくなっていた。
気付くと唸り声をあげて、ガリを追っていた。
ガリは川べりまで追い詰められた。
もう仕方がないので、毛を逆立てて精一杯の抵抗をしようと身構えた、と同時に
赤目が突っ込んできて、ガリに体当たりをした。
ガリはその体当たりで、ひっくり返って、川に落ちた。

 丁度、大雨の降った後で川は、水量も多く流れも速かった。
ガリは勢い川下に流されていった。
タマは振り返るとガリが川べりに追い詰められているのが見えた。
大急ぎでガリを助けようと戻ったが、すでにガリは川に落ちていた。
赤目が今度はタマに飛び掛かってきた。
タマはかろうじてそれを避けた。
タマの爪は、赤目の鼻をかすった。
赤目は鼻をやられて、一目散に小屋の方に逃げて行った。
タマは足ががくがくして止まらなかった。
我に戻って川を見たが、ガリの姿はどこにもなかった。
大急ぎで、川辺に近づきガリを探した。
流れが速く見つけることはできなかった。
あきらめきれず、夜遅くまで川べりを探し回った。
赤目はあの時以来もう姿を現さなかった。

ストーリー:yoshi
音楽・歌・絵・ナレーション・編集:AIKO

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