見出し画像

「BALMUDA Phone」の失敗からAI時代の経営を考える

毎週金曜日は「AI時代のまったり経営学」。
このシリーズではAI時代における経営の変化を分かりやすいテーマと共にお伝えします。

高級家電で知られるBALMUDAは2021年11月にスマートフォン市場への参入を発表しました。しかし発表と同時にネガティブな評価があふれ、それを跳ね返すことができないまま2023年5月にはスマートフォン市場からの完全撤退を発表しています。

このBALMUDA Phoneの失敗については、主に以下のような理由で語られることが多かったと思います。

・高級な価格帯にもかかわらず非常に低いスペックでコスパが悪かった。
・周辺機器などエコシステムが脆弱だった。
・これまで同社が得意としていた家電市場とは競争原理が違った

しかし、これらの理由は「AI時代への変化」という観点から考えると的を射ていないと言えます。そこで今回は「BALMUDA Phone」の失敗からAI時代への変化について考えていきます。

(表紙は公式Webサイトより引用、以下同)


BALMUDA Phoneとは?

BALMUDAは、デザイン家電で知られる日本の企業で、2021年にスマートフォン市場に進出しています。もともとBALMUDAは独自のコンセプトと企画力を武器に独創的な商品を次々に発売してきました。代表的な商品はBALMUDA The Toaster。

「窯から出したばかりのパンの味を再現するトースター」として設計された同商品はそのコンセプトに基づいて技術的、デザイン的な工夫が随所にされており、まさにBALMUDAの強みを体現したプロダクトであると言えます。

BALMUDAの代表作「BALMUDA The Toaster」


BALMUDA Phoneは、こうした家電商品に強みを持つBALMUDAが全く新しい分野に進出するということで大きな話題となりました。SIMフリーモデルの価格は10万4800円(税込)でハイエンドに分類される価格帯で発売されました。

しかし、冒頭でも述べた通り、BALMUDA Phoneは発表と同時にネガティブな評価が多く、1年半という短い期間で撤退せざるを得ない状況に追い込まれてしまいます。


BALMUDAはなぜ失敗したのか?

さて、BALMUDAの失敗からAI時代に生きる私たちが読み取るべきことは何でしょうか?

それはプロダクトの"質"の扱い方です。

ここでいうプロダクトの質とは「消費者が持っているニーズの捕捉率の高さ」とも言い換えられます。つまり、消費者が本当に持っているニードをどのぐらいの精度で捉え、それをプロダクトに落とし込めているのか、ということが勝負を分けるということです。

こうした変化から逆算すると、企業は自分が抱えるブランドをこれまで以上に慎重に扱っていく必要があります。なぜならブランドとは「消費者と企業の信頼度の総量」であると言えるためです。

USJを立て直すなどの実績で知られるマーケターである森岡毅氏はブランドは「消費者の頭の中」にあると話しています。つまり、ブランドとは消費者が企業や商品と接した際に「お客様が見て、感じた」ことの積み重ねであるということです。これは結局のところ、お客様が何かのニードを抱いた時にその企業や商品であれば「それを満たしてくれるだろう」という信頼の気持ちの総量であると言えるということです。

そして、AI時代に入っていく中で一人ひとりが持つニーズの範囲は狭まっていきます。これは検索にAIが取り込まれることによって、検索精度が高まるためです。したがって企業は自社へのお客様の期待やニーズ、すなわちブランドが何なのか、ということをより繊細に捉え直し、それを満たすために仕事をしていくことが求められます。

この点については以下の記事でも詳しく解説していますので是非ご一読下さい。


さて、BALMUDA Phoneの失敗は、この「消費者のニーズ捕捉率の低さ」が影響していると考えられます。

たしかに、BALMUDA Phone発売から現在に至るまで、検索にAIが完全に組み込まれる世界は訪れていません。しかし、スマホはより消費者にとって身近で大切な存在です。SNSの発達や検索の高機能化が進んでいる中で、企業に要求される消費者のニーズ捕捉率はAIを待たずして高まっています。

BALMUDA Phoneの失敗はスマホユーザーあるいはBALMUDAの他の家電製品のユーザーが持つニーズを正確に捉えることができなかったことに原因があると考えることができます。


BALMUDAどうするべきだったか?

今回のBALMUDA PhoneはBALMUDAがこれまで主戦場としていた場所とは異なるスマホ市場への進出でした。この点自体は全く問題はないものの「その戦い方自体も変えてしまった」ことが最大の問題だったと言えます。

BALMUDAに対して消費者が抱いているブランドイメージは「高いけど、おしゃれで独創的な "体験" ができる家電製品を作る製造メーカー」というものです。

つまり創業者である寺尾社長などを中心にしたコンセプトセンスと企画力が顧客に独自の体験を生み、これによって高価格でも売れるポジションを持つ唯一無二のブランドを作り上げてきたのであると言えます。

BALMUDA Phoneの失敗は本質的に、このブランドが持つ能力を活かせなかったことにあります。確かにBALMUDA Phoneのデザインは独創的なものでしたが、既に成熟したスマホ市場の中では、BALMUDAの企画力を活かせる余地は少なかったと言えます。BALMUDAはこの課題に対して、アプリでの差別化を目指しました。例えばスマホの縦長画面に合わせた独自設計の「BALMUDA Scheduler」や、直感的な操作性が強みの「メモアプリ」などです。

BALMUDA Phoneでは多数の独自アプリが用意されていた。


しかし、これも不発に終わりました。

基本的にスマホ市場ではハードウェアとアプリケーションのブランドは分離しています。基本機能についてはiOSやAndroidの純正アプリを使いますが、それ以外の機能はユーザー一人ひとりの好みのアプリがあり、そのアプリとの戦いを強いられることになります。

このようにBALMUDA Phoneの失敗はBALMUDAが消費者との間で結んできた信頼関係(=ブランド力)を活かせなかったということにつきると言えます。BALMUDA Phoneの発売が報道された段階での消費者の期待は、「独創的で生活に新しい風を吹かせるようなスマホ」だったと思います。残念ながらBALMUDA Phoneは、これを満たすことができませんでした。さらにスマホ市場の理解も不足していたため価格とスペックのバランスも取ることができなかったことで消費者の失望を生んでしまったことも失敗に拍車をかけたと言えます。

このことから見るとBALMUDAは既存のスマホ市場を深く理解した上で、BALMUDAの「既存プロダクトのユーザーの期待を満たすようなコンセプチュアルなスマホを最低限の水準のスペックは保ちつつ、開発するべきだった」と言えます。

しかしそのためにはBALMUDAユーザーの期待(=ニーズ)をピンポイントで理解する必要があり、今回のBALMUDA Phoneが取ったプロダクトアウトではなく、消費者のスマホに関する課題やユースケースを理解してから市場へと投入をするマーケットインの考え方を取るべきだったと言えるでしょう。

これはまさにAI時代における企業の進むべき方針を示しています。すなわち、よりソリッドにニーズを満たすことが求められるAI時代においてはマーケットインの考え方に基づいて、商品開発を進めるべきであるということです。


さて、いかがだったでしょうか。
今回はBALMUDA Phoneの失敗からAI時代において何が起きていくのか、ということをお伝えしてみました。

毎週金曜日の「AI時代のまったり経営学」では身近なニュースや題材からAI時代における経営のセオリーをお伝えしていきます。

次回の更新は6月7日(金)です。
ぜひこのnoteをフォローしてお待ちいただければと思います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?