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狂気について。


「常軌を逸する」という行為は正しさを理解できていないとできない芸当だ。

だから狂気なんてものはこの世に存在しないと思う。

あなた方の周りにもいるだろう。

「この人は気が狂っている」

と思う人が。

実はそんなことはない。

それは自分と違う「正しさ」を持った人間に対する排他的思想そのものであると思う。

あなたの思う狂人は一番正しさを知っていることだってあるのだ。

それからテーブルマナーの実践や飛び降り自殺の時に靴を揃えたりすることと同じように、発狂にもカトラリーがある。

全て理に適っているのだ。

正しく狂うというのは、たぶんそういうことだろう。

心の病に罹ってしまった人間が皆口を揃えて同じような主張をするのだから、発狂のイデアは確かに存在する。

しかし一見、究極の快楽主義に見えた相手が実は「つまらなくなること」を極端に嫌い、恐ろしく合理的な選択をしながら生きている人間だとしたら…?

その人が知覚している世界はその人にとっては正しい世界なのだとしたら…?

あなたがそれに気付く頃にはもう全てが手遅れだなんてこともある。

相手が発狂していることを鼻にかけているのではなく、正しく存在しようとしているが故に狂って見えていたとしたら…?

あなたは他者との軋轢に耐えることができるだろうか?

そしてあなたは自分が発狂していないと胸を張って言えるだろうか?

相手の目を見て「私は正気です」と言えるだろうか?

あなたは本当に正しいのだろうか?

自分と違う正しさを持った人間に一番必要なものは「差別」と「排他」と「拒絶」などではなく、「理解」と「歩み寄り」ではないだろうか?

それを理解して実践できた時に、あなたは他者への愛を証明できるのではないだろうか。

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