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『サンドイッチと回転寿司』/掌編小説

決して叶わぬ願いだった。

もう一度、お父さんと回転寿司に行きたいな。
小さい頃から、なにかうれしいことがあると、決まって回転寿司に連れていってくれた。
「回るお寿司で悪いけど。」
そう言いながら嬉しそうに、白い大きなエスティマで近所のお店まで家族でドライブ。

その日は私が学校の中間テストで学年4位を取ったときだった。
「がんばったなぁ。」
好物のサーモンのお皿をとりながらボソッと言う。お父さんはいつもサーモンばっかり食べていた。理由を聞くと、「このオレンジ色がいいんだよ。」と笑う。
魚らしからぬ鮮やかなオレンジ色を見ると、元気が出るらしい。そういえば朝食の焼きシャケも好物で、時間のないときもご飯に鮭フレークをかけて食べていた。
「変なの。そんなに好きなら今度、パンにも挟んでみれば?」
そんな軽口を言った覚えがある。

あれから12年、長い年月だった。お父さんのことを忘れたことはなかったけれど、次々やって来る日々に押し潰されて、遠い昔の記憶のようにだんだんと薄れていくのを感じていた。

そして今、目の前でサーモンのサンドイッチがレーンを回っていた。
あり得ない組み合わせに、しばらく目を疑ったけれど、間違いなかった。
最初に視界に入ったとき、回転寿司も人気のフルーツサンドを始めたんだ、そう思った。きれいなオレンジとたっぷりの生クリームが挟まっていると思っていた。
そして、誰も手を伸ばすことなく二周目、再び私の前にやって来たとき、はっきりと見た。
サーモンだ。サーモンにタルタルソースのようなものがかかって、パンでサンドされている。◯っぱ寿司、血迷ったか。誰も喜ばないであろう組み合わせ。放っておいたら閉店までレーンを回り続けるかもしれない。お父さんとの思い出に賭けて、私が取らなければならない。

今日は第一子が生まれたお祝いに来ていた。あれからも嬉しいことがあると回転寿司へお祝いにくる習慣は抜けていなかった。
このタイミングでサーモンのパンが現れるなんて。
きっと、お父さんの生まれ変わりに違いない。勝手にそう思うことにして、サンドイッチにかぶりついた。サーモンのみずみずしさをパンが吸いとって、べちゃっとした食感。予想通り、サーモンの良さが失われていた。でも私はへこたれなかった。サーモンの一番良いところは、きれいなオレンジ色だから。
「まずいでしょ、それ。」
可笑しそうに聞いてくるパートナーに答える。
「最高に美味しい。」

お店を出ると、5月の爽やかな風が吹いた。

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