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『ダイイング・メッセージ』/掌編小説

密室で、ひとりの男が死んだ。

男が発見された部屋には内側から鍵がかかっており、南側にある窓も二重に施錠されカーテンが引いてあった。部屋のカギは机の引き出しにしまわれていて、外から開けることはできない。

部屋には毛足の長い赤い絨毯が敷かれ、木製の茶色い机が一つと、その上に万年筆やボールペンなどの筆記具が置かれている。

男の遺体には、後ろから鈍器で殴られたような跡も、ナイフで刺されたような傷もなく、ただ一点を除いては、特に目立った傷がなかった。

ただ一つあったのは、喉のあたりにできた引っ掻いたような傷であった。
なにかに苦しんだ跡だ。
男は助けを求めるようにドアの方へと這っていき、そのまま力尽きたかのように、右腕を前に伸ばしてうつぶせの状態で死んでいた。

第一発見者は、同じ家に住む家族だった。
呼び掛けても返事がなく、部屋に入ったまま出てこない男を心配して、部屋のドアを外から破ったという。


喉の引っ掻き傷から、当初、男は自ら何らかの毒物を飲んだか、または何者かに仕込まれていた毒物を飲んだ可能性があると考えられた。
しかし、検死の結果、男の体内からは何の毒物も検出されなかった。


自殺もしくは事故と考えた警察は、次にアレルギーによる可能性を疑ったが、家族や友人の証言や病院での記録をもとに調査しても、男には軽い花粉症があるのみで他にはなにも見つからなかった。

苦しんだ形跡があるのに、部屋の中には原因とみられるものがなにもない。

ストーブや練炭による一酸化炭素中毒とも考えられず、捜査は行き詰っていた。


それから数日後、事件が一気に解決へと向かったのは、担当刑事が再び男の家族に話を聞いたときのことだった。


男は類を見ない読書家だったらしい。

売れない小説家でもある男は、平日は文体の研究などと称して一日中部屋にこもって、わずかな収入で買い集めた小説を読みふけり、休日は資料集めと称してひとり古本屋街へ繰り出してはごっそりと古本を買って部屋にこもるという生活が十年続いていた。


この話を聞いて、刑事はおかしな点に気が付いた。

男の部屋には、何もなかったのだ。

十二畳ほどのそこそこ広いスペースにもかかわらず、机が一つと大きな絨毯が敷いてあるのみで、小説などの書籍はひとつもない。

読書家だという男の部屋は、あまりにも殺風景だった。


刑事が家族にそのことを尋ねると、眉根にしわを寄せながら答えたことには、
男の小説一辺倒の生活に耐えられなくなり、死亡推定時刻の数時間前、男が寝室で寝ている間に、こっそりと部屋の書籍類をすべてちり紙回収に出したという。

男が倒れたのは、本が無いのが原因だった。

長年の読書生活で、重度の活字中毒となっていた男は、自室から本棚ごとすべての書籍が消えていることに気づいて、活字中毒の急性症状を起こしたと考えられる。喉の引っ掻き傷はそのときできたものだった。


男の遺体を発見した家族が、怖くなって通報前に拭き取ったということだが、
男の部屋のフローリング部分に、残された力を振り絞って書いたようなダイイング・メッセージも残されていたという。

消え入るような細い字で、「本がよみたい」と。




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