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1分で読める超短編小説集

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別サイトで出されたテーマをお題に400字チャレンジ。 全て1分で読める超短編小説。 目指せ、100作品。
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記事一覧

『あたたかい雪』

『あたたかい雪』

【お題:雪の思い出】

 雪の降る日は温かい日。
 北国育ちの母の言葉だ。
 雪は冷たいよ? 首を傾げた私に母は微笑んでいた。

 母の言葉を思い出したのは、今夜の雪予報のせいか、今自分がいるこの部屋の空気のせいか。

 耳鳴りがする。
 誰一人息をしていないのかと思うほどの静けさが異常な空間を作り出していた。
 私に突き刺さる無数の視線が、暖房が効いて温かい筈の部屋を氷点下にしている。音の無い部

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『秘密』

『秘密』

【お題:ひと夏の出来事】

 羽根の音が煩かった。扇風機の羽根が回る音だった。

 呆然と見つめ合う私たちの間には扇風機の音しかなかった。

 真夏の日。ひと夏の出来事。私たちは秘密を共有した。

「埋めちゃおう!」
「うん!」

 私たちの意見は一致した。

 幼さ故の浅知恵だった。

 庭の何処かでけたたましく鳴くセミの声に混じって屋敷の中からは読経が聞こえる。

「まだ埋まってるかな」
「探

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『驟雨』

『驟雨』

【お題:ひと夏の出来事】

 その人は通り雨だ。

 梅雨が明けて群青をベタッと塗りつけたような空の向こうにムクムクと入道雲が育っていた。

 夏の空は時に裏切る。

 傘なんて持たずに出かけて、昼下がり、失敗した! と後悔する。

 地表を洗う勢いで突然降り出した雨に人々は右往左往。

 カフェに入って行ったり、コンビニに駆け込んだり。

 私も例に漏れず、バッグを頭に乗せて慌てて雨宿り出来る場

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『ベガとアルタイル』

『ベガとアルタイル』

【お題:星降る夜に】

 標高2800メートルの山の頂から見る星は、手が届きそう。

 満天の星空。星降る夜を満喫するのは頂上に登り切った者のみに与えられた特権。

 神様からのご褒美なのだと思う。年に一度だけの。

 反対側からそれぞれ登って、年に一度だけの逢瀬。

 織姫と彦星を二人で見る為に。

「明け方まであんなに雨降っていたのに、まるで私達の為みたいに晴れみたいね。織姫と彦星はどこ?」

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『七夕』

『七夕』

【お題:星降る夜に】

 小児病棟の七夕は、短冊に込める願いごとも切実。

 そとにいきたい。

 元気になりたいとか、走り回りたいとか、そんな贅沢は言わない。

 窓から見えるあの小高い丘から、天の川が見たい。

「二十歳の七夕に、あの丘で会おう」

 彼は、七夕の今日転院する。

 ずっと、隣のベッドにいた同志。

「二十歳……生きてるか分からないよ?」
「生きてるよ、絶対」

 二十歳の七夕

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『あと少しだけ』

『あと少しだけ』

【お題:あと5分】

 あと五分。

 あと五分で発車ベルが鳴る。

 思い出のフィルムが脳裏に流れる。

 雪深い山間の村、真っ白な世界で彩り豊かに浮かび上がるのは出会いの記憶。

 雪解けに芽吹くのは心も同じ。手を取り溶け合う。

 厳しい暑さに骨身を削られ、渓流のせせらぎが二人を別つ。

 山紅葉は燃える紅。再び手を。

 でも、もう遅かった。

 雪の嵐は世界を白く塗り潰す。

 もう、花

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『レイン・ビュー』

『レイン・ビュー』

【お題:止まない雨】

 お父さんが、帰ってくる。

 雨の日だけ、わたしとお母さんのところに帰ってくる。

 霧雨はだめ。小雨も駄目。

 ちゃんと、しっかり降って。

 そうじゃないと、お父さん帰ってこないから。

 雨よ、雨。もっと降れ。

「お母さん、明日は雨?」
「そう、雨」

 夕方から降り始めた雨が、強くなってきた。

 お母さんのミシンの音が、タタタンタタタン。

 雨の音と重なる

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