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【短編小説】友達について真面目に考えてみた 第1話

   第1話
 
「真の友達というものを作ってみようと思うのだ」
 佐々木がそう言ったのは、学食でハヤシライスを半分ほど食べ終えた時だった。

 昼休みの学食は賑わっていた。うちの高校の学食は美味しいと評判なので、時おり部外者が学生のふりをして食べにくる。制服のない私服高だし、学校も鷹揚なのでうるさいことは言わない。

「友達を作るって?」
「ただの友達じゃない。真の友達だ」

 佐々木が胸を張ってそう答えた。その眼鏡をタンメンの湯気が曇らせている。俺は学食のおばちゃんがサービスでつけてくれたらっきょうをスプーンに乗せた。

「らっきょうはハヤシライスではなく、カレーと一緒に食べるものだろう」
 突然、佐々木が指摘してきた。

「別にいいだろ。好きなんだから」
「それならカレーを頼むべきだ」
「いいだろ、ハヤシライスが食べたかったんだから」

 佐々木はどうでもいいことにこだわる性質だ。先日も俺がラーメンにだし巻き卵を入れて食べていたことで、一時間以上も討論になった。またそんなことになっては面倒なので、話を促す。

「そんで? 友達を作るって?」
「ただの友達じゃない。真の友達だ」
 佐々木が胸を張ってそう答える。

「つまりあれか。ジャイアンが言うところの『心の友』みたいなもんか」
 俺が混ぜっ返すと、

「ジャイアンってなんだ?」
 佐々木は真面目にそう尋ねた。こいつは『ドラえもん』を知らないという、ある意味奇跡的なやつだ。十七年間もドラえもんを避け続けるなど、どうしてそんなことができるのか、俺にはわからない。

「いや、いい」
 と打ち消し、俺は黙ってハヤシライスの続きに取りかかる。

「自分が考える真の友達の意味なんだけどな、そもそも……」
 俺のことなどおかまいなしに佐々木は熱を込めて話し始めた。佐々木の目の前で、タンメンはどんどん冷めて伸びていく。

「そもそも、友達とはなんだろうと考え、調べてみたんだ」
 らっきょうをスプーンで口に運ぶ。ボリボリという音以外、なにも聞こえない。

「まずは言葉の意味を調べるために辞書をひいてみた。すると『互いに心を許し合って、対等に交わっている人』とあった。そこで更に自分は『対等』の意味も調べてみた」

 俺は二つ目のらっきょうも口に放り込む。ボリボリボリ。

「対等の意味は、相対する双方の間に優劣・高下などの差のないこと」
「だからなんなんだ」

 思わず口をはさみ、一息ついた。佐々木はとうとう箸を置き、腕を組むと、
「つまり、互いの間に利害関係があったらダメなんだよ。そこから優劣が生まれてしまうだろ」
「それで?」
「辞書で調べただけじゃない。生の声が聞きたくて、ネットで『友達』を検索して他人のブログからチャットまで読みまくった。YAHOO知恵袋も一通り読んだ」
「……マジか」
「ああ。かなり時間がかかったが」

 そういえば佐々木の目の周りが窪んでいる。それでいて、眼球はギラギラと光り、血管が走っている。明らかな寝不足だ。

「読んでいるうちに、人がどういう相手を友達として選んでいるのか、大体わかってきた。一番多いのは、『趣味が合う』ことだ」
「まあ、そうだろうな」
「そこで自分は考えた」

 佐々木はタンメンの丼を押しのけ、テーブルにぐっと乗り出した。

「どうして趣味が合う人間を友達として選ぶのか。その理由がわかるか」
「そりゃまあ、話してて楽しいからだろ」

「確かにそれもある。純粋に、同じ趣味について話すのは楽しい。だがそれは裏を返すと、自分は自分のフィールドにいながら、その外に出ないですむということだ。つまり共通の趣味を持っている相手は、自分にとって都合のいい相手なんだ。自分にとって興味のある話ができる相手を選んでつきあう。これは自分にとっての利益だろう。自己愛と言える」

「考えすぎだろ」
 と俺は一蹴し、水を飲んだ。コップの底に残った氷を口に入れ、噛み砕く。ボリボリボリ。

「次に多いのが、『価値観の同じ』友達だ」
 佐々木は俺の言葉など聞こえなかったかのように続ける。
「これもまた、どうして価値観が同じ相手を選ぶのかわかるか」
「そりゃ、考えるまでもないだろ。価値観の違う人間とは、会話が噛み合わない」

「いいか、自分と同じ価値観の人と話していて安心するというのは、これも自己の肯定だ。自分は間違っていない、自分は多数派だ、という安心感が欲しい。安心感を与えてくれる相手を選んで付き合う。自分の利益。これも自己愛なんだよ」

 こちらの会話も噛み合っていないのだが、それには気づかないのか、佐々木は自分の言葉に納得するかのように頷いている。

「自己愛は悪いことか?」
「自己愛そのものが全く悪いとは言わない。自分を大切にすることは必要だ」
 やっと一瞬だけ会話が噛み合った。

「だが、己にとって都合のいい相手を選び出し、それを友情だと思い込むことに自分は疑問を感じるのだ。考えてもみろ。人間は日々変化するだろう。趣味だって価値観だって、ずっと同じでいられるとは限らない」

「まあ、そうだな」
 俺は目の前にいる佐々木の七年前の姿を思い出していた。最初に出会った小学校四年生の時だ。あれからこいつの趣味や価値観に変化はあったかもしれないが、変わり者であるところはずっと変わっていない。

「価値観が変わるたびに、また新しい趣味や価値観が合う友達を探すのか。それじゃ、友達は使い捨てか。自分に合う人間。友達とはそんな基準で探すものか。自分はそれが欺瞞だと考える」

「それで? 結局、真の友達ってのはどうやって作るわけ?」
「方法はまだわからない。だがまず、通常と正反対のことをしてみようと思う」
「正反対?」
「ああ。自分と趣味の合わない、価値観の合わない人間を探すんだ」

 意気揚々と言い放った佐々木は、確かに誰とも同じようには見えず、彼と合わない人間を探すのはそう困難だとは思えなかった。

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