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ペニー・レイン Vol.17

    6

 「いい? 開けるよ」
 ぼくは、ニューヨークからの手紙を目の前に掲げた。キムとエドは、頭がひっつきそうに、両側からそれをのぞきこんでいる。二人は、黙って深くうなずいた。ぼくは、大きく深呼吸をしてから、封筒を破いた。そして、中の手紙を広げた。三人の頭がひっつく。

『  親愛なるディッキー、キム、エドワード
 こんにちは。先日は、デモテープをありがとう。じっくり聴かせてもらいました。以前、お店で聴いたときより、うまくなっていたわね。最初のオープニングも、センス抜群。さっそく企画書もつけて上司に提出しました。結果は…OK、と言いたいところだけど、残念ながら形になるのは難しそう。まだ、声や技術が若い、とのコメントでした。でも、あなたたちの年齢を言ったら、上司はびっくりしていました。可能性はあるから、どんどん練習してくれ、ですって。さらなる腕の磨きと、これからの活躍を期待します。
 これから寒くなるけれど体に気をつけて。ママにもよろしくね。それでは、また。
 あなたたちのファン第一号 グレース  』

 「はぁ―――っ」
 ぼくは、長い長いため息を漏らした。一気に力が抜けたのだ。
「あんなに、がんばったのにな」
「……ちぇっ、心はすっかりニューヨークだったのになぁ」
 キムが、足元の床を蹴った。エドが肩をすくめる。
「まぁ……仕方ないよ。そんなに簡単にいかないもんさ」
 そうはいっても、やっぱり知らないうちにかなり期待してたんだろう。ぼくらは、かなりがっくりしていた。外では、初冬の冷たい小雨が窓をたたく。
「あ~あ」
 ぼくは、もう一度、ため息を漏らし、ベッドに寝転がった。
「でも、可能性はあるって、書いてあるだろ」
 エドは、わざと明るく、手紙を指差した。わかってる。そういうことじゃないんだ。ぼくは、投げ出した足をぶらぶらさせた。
「そりゃあ、すぐうまくいく方がおかしいかもしれないけどさ。もしかしたら、デビューが決まって、売り出したら意外に売れちゃって、そしてぼくがママのお店を助けられたかもしれない、って考えちゃったから……だから、こんなに落ち込むんだよなぁ」
 エドは少し困ったように笑った。
「想像力がたくましすぎだよ。期待がふくらむからそれだけ落ち込むんだ」
 キムが口を挟んだ。
「でも期待するなっていうのもムリだよ。ああ、ニューヨーク……」
 キムは、別の期待もしていたようだ。じっと窓の外をにらんでたかと思うと、いきなりこぶしを天につきあげて叫んだ。
「よし、絶対いつか行ってやるぞ! 待ってろ、ニューヨーク!」
 小雨は次第に上がり、キムとエドは、じゃあまた、と言ってぼくのマンションから引き上げていった。
 窓を開けると、町は青一色に染まっていた。湿気をたっぷり含んだ空気が、やさしくぼくを包み込む。なんだか体の奥がうずうずする。ぼくは、たまらない気持ちになって、そのまま外に飛び出した。
 雨上がりのれんが道を、タン、とひと蹴りする。タン、タタン。
 タン、タタン。タタタタタ、タン。
 水たまりを飛び越えて、れんが道を曲がり、塀に登ってまた降りて。ぼくは、夢中でタップを踏みながら、雨上がりの街を進んだ。
 そう、夢はなかなか、かなわない。だからワクワクして、ときどき涙するんだ。
 本当に無心に、ぼくはタップを踏みつづけた。知らないうちに、「明るい表通りで」を口ずさんでいた。街には、灯りがともりはじめ、青い水たまりに温かい黄色が反射してゆらゆら揺れた。ぼくは、次から次へと、好きな歌を歌いながら、タップを踏みつづけた。水たまりに足がつっこんでも気にしない。タン、タタン。
 すると、いつのまにかしぼんだ気持ちはどっかへ行ってしまい、なんだか、心の奥からうきうきわくわくしてきた。
 青い街ときらきらしたたくさんの灯り。こうして歌って街を行けば、まるでこの街はぼくのステージみたいだ。
 ぼくは、すっかり気持ちよくなって、いっそう大きな声で歌いながら、塀から屋根に飛び移った。
「うわあ」
 ずっとずっと遠くまで青い屋根が続いている。いつもの街なのに、そこには違う風景が広がっていた。冴えわたる十二月の空には、満月より少しやせた月がかかっている。ぼくは、思いっきり息を吸いこむと、「ブルー・ムーン」を歌い出した。

 ♫ ブルー・ムーン
   あなたに ぼくが一人ぼっちなのを
   見られてしまった
   心に夢もなく 恋人もいない
   一人ぼっちのぼくを

   するとそのとき 
   ぼくの目の前に突然現れた
   ぼくが腕にいつまでも抱きしめていたい、ただ一人の人が 
   〝どうかわたしを愛してください〟とささやく声が ぼくの前に
   見上げると ブルー・ムーンは 金色に輝いていた

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