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ペニー・レイン Vol.19

「絶対、いいわけないよ」
 キムは、道を蹴り蹴り歩く。
「大人同士の問題って言ったけど。ぼくらが楽しむ場所でもあるんだぜ」
 ぼくは、ポケットに手をつっこんで黙々と歩く。
「うん」
 でも、もし本当に店がなくなったら、どうなっちゃうんだろう。ママは別の仕事を探すだろう。そしたらこのまま同じ所に住んでいられるだろうか。ひょっとしたら、こうしてキムとも歩けなくなるんじゃないんだろうか。
 ぼくの心に、ふと、別れの予感のような不安がよぎった。今、このときをなつかしく思うようなときが来るんだろうか。キムが隣にいるのに、急にひとりで歩いているような切なさが押し寄せてきた。ぼくは、ふいにキムに体当たりした。
「うわっ、何だよ」
 キムはよろけて、道のふちの溝に落ちそうになった。
「こいつ~」
 キムもやりかえしてきた。ぼくらは、フライパンにあぶられたポップコーンみたいに、ぶつかりあって飛び跳ねながら、アパートへ向った。
 次の日から、雪が降った。降り続く雪は、二日目の夕方になってもまだ止まない。あとからあとから降り積もって、街を白く染めていく。
 ぼくは、学校帰りの空を見上げた。雪は、ぼくのほっぺたに舞い降りては消える。灰色のくもり空から降る雪は、ゴミみたいに見える。雪の日の、この独特なしん、とした空気が好きだ。すべての音が、雪に吸いこまれていくみたいな、不思議な静けさがある。ぼくの長靴の音が、きゅっきゅと足元で音を立てた。
 歩きながら、ぼんやり考える。
 年末、「ディキシージャズ」は他の人の手に渡る。夢破れて、ママが自分なりの再出発を始めたお店。ふと、どこからともなくピアノの音が聞こえてきた。つっかえながら「きよしこの夜」を弾いている。ぼくは足を止め、雪の中にたたずんだ。
 もし、〝パパ〟なら、どうするだろう。もしも、ぼくと同じ立場だったら。
 ママとまだ見ぬ自分を捨てた〝パパ〟。自分の進む道を信じて、それを選んだ〝パパ〟。冷たい人だったのかもしれない。でも、きっと自分の力をとことん試してみたかったんだろう。選んだときは、それがイエスかノーか分からなくても、やれるところまで、納得いくまで自分を試していく人だったんだと思う。
 ぼくは、雪でかじかんだ自分の手を見つめた。ゆっくり閉じたり、開いたりしてみる。
 不思議だった。
 本当なら、憎んでもいい人を思ってこんなに自分と重ね合わせている。
「会ったこともないのにね」
 ぼくは、だれもいない道路に立ちつくしたまま、つぶやいた。声は、雪のひとひらとともに、白い道に吸いこまれていった。

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