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ペニー・レイン Vol.15

 その部屋は、木の梁がむき出しになっていて、天窓があった。なんか屋根裏部屋みたいで、すてきな部屋だ。壁に、チャーリー・パーカーのポスターが貼ってある。そのとなりには、きちんとアイロンのかかった制服がかかっていた。壁際の棚にはレコードがつまっていて、プレイヤーもある。勉強机には、参考書がきちんと並べられ、ペン立てが置いてあった。今は使われてないみたいな感じだ。
「ここ、だれの部屋なの」
 ぼくは、部屋を見まわしながら言った。
「兄さんの部屋」
 キムが棚のレコードを見ながら言った。
「エド、兄さんがいたの」
「ああ」
 エドは、ベッドに腰掛けた。
「死んだんだ。五年前に」
「え」
 ぼくとキムは、その場に立ち尽くしてエドを見た。
「自殺したんだ」
 何と言っていいのか、分からなかった。ただ、頭の奥がごーんとなって、足元がぐらぐらした。そして、今日の夕食時のお父さんの表情や、何とも言えない気まずい空気を思い出した。
 エドは、黙って立ちあがると、レコードの棚から一枚のレコードを取り出した。そして、プレーヤーにかけた。部屋に、チャーリー・パーカーが流れ出す。
「兄さんは、このレコードが一番好きだった。このサックスも兄さんが自分で買ったんだ」
 エドは、サックスをなでたりピストンを押したりしている。
「サックスがすごくうまくてさ。いつもこのレコード聴いてたよ」
 ぼくは、力が抜けたように歩いて、ベッドに座った。エドが、キムの肩に手を置いて、ベッドの方へうながした。キムは、ぺたんとぼくのとなりに座った。エドは言葉を続けた。
「勉強もできて、周りからも期待されてた。父さんは、よく『お前は将来医者になるんだぞ』って言ってた」
 そこまで言って、エドは、キムと少し離れてベッドに腰掛けた。
「兄さんは、笑って『うん』って言ってたけど、本当は悩んでたんだ。音楽が好きで好きで。音楽の道に進みたいけど、父さんには言えなくて。母さんにはもらしてたみたいだけど、うちは父さんが絶対だから」
 エドは、壁にかかった制服に目を移した。
「大学受験をひかえた十八歳の冬に、地下室で首をつって死んだんだ」
 彼の声は、低くて静かで、そして冷たかった。そして、最後にこう言った。
「だから、ぼくは絶対、父さんを許さないんだ。苦しんだ兄さんの分まで」
 ぼくは、凍りついたように動けなかった。長い沈黙が訪れて、チャーリー・パーカーだけが、リズムを刻んだ。
 やっと、キムが体を崩して、小さくため息をもらした。
「おれもさぁ、父ちゃんなんか大嫌いだ、とか、アニキなんていらねえ、ってしょっちゅう思うけど」
 キムは、言葉につまった。
「思うけど……なんて言っていいかわかんないけど、よくないと思う」
 ぼくは、キムを見た。キムはすごく言葉を選んでいる。
「家族が憎みあうのは、よくない気がする」
 エドは、ふっと鼻で笑った。
「ぼくも頭では分かってるんだけど」
 そして、両手で顔をおおった。
「どうしても、できないんだ。顔も……見たくないって思う」
 声も出さずに、涙も出てないけど、エドは泣いているんだと思った。エドは、ぼくらの知らないところでこんなにも苦しんでいた。ただひとつ、兄さんの形見のサックスだけを味方にして。
 ぼくは、ベッドから立ちあがって、エドの左となりにぴったりひっついて座った。キムも、ずずっと寄り添って、エドの右となりにぴったりひっついた。
 ぼくらは、三人とも何もしゃべらなかった。
 ふと、にじんだ目で天窓を見上げると、青い満月がやさしくのぞいていた。

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