【連載小説】「緑にゆれる」Vol.69 第七章
空には、いつの間にか、たくさんの星が出ていた。
二人で、テントの外の砂の上に寝転んで、星空を見上げた。背景には、ざぶん、ざぶん、と寄せる波の音がする。
「あ、あれ、夏の大三角。あっちが……織姫で、こっちが、たぶんひこ星」
カケルさんが、独り言のような、でも圭が隣にいるのを意識しているような口調で、ぽつり、ぽつり、と言った。ずーっと空を見ていると、少し暗い星も見えるようになって、どんどん星の数が増えていく。しまいには、星屑に包まれているような気分になる。
「あ、今、流れ星」
カケルさんが、つぶやいた。長かった今日一日が終わる。
どうして、そんなことを聞こうと思ったのか分からない。ただ、ふいに落ちてきた流れ星のように、気づいたらその言葉は圭の口をついて出ていた。
「もしかして、カケルさん、お母さんのこと、好き?」
夜に、沈黙が広がった。カケルさんは、じっと黙ったまま、空を見上げている。あまりに長いこと黙っているので、圭は思わず体を起こしてカケルさんの顔を見た。カケルさんは、空を見上げたまま、腕を組んで考え込んでいる。
「ねぇ、どうして答えてくれないの」
「簡単には答えられない問いもある」
すごくもっともらしくそう言うので、圭はずるい、と言った。すると、カケルさんは、上を見たまま、圭に対して全く別の質問を口にした。
「お前、人を殺したい、って思ったことあるか」
びっくりしてしまった。こわいものを渡されて、それをすぐ返すように答えた。
「そんな、ないよー」
「おれは、ある」
きっぱりと、カケルさんは言った。
「父さんが出て行ったあと、おれの母さんの所にやって来る男たちを殺してやりたい、って思ってた。でも、できないから、次々、ナイフで刺して殺す夢を見た」
それは、カケルさんの秘密だったんだと思う。
たぶん誰にも言ったことのない秘密。こっそり、ぼくだけに明かしてくれた、秘密。仰向けになっていたカケルさんは、ごろり、と圭の方に体を向けて、その頭を方ひじで支えた。ランプの灯りが、カケルさんの顔を照らしている。くっきりとした影が、鼻すじからくちびるの輪郭を際立たせている。カケルさんは、真っすぐな目で圭を見て言った。
「お前からお母さんを奪うことは、できない」
その言葉で、十分だった。やっぱり、カケルさんは、お母さんのことを。
「じゃぁ、いつか、言うときがきたら、好き、って言う?」
そう聞いたら、カケルさんは、また仰向けになって、頭の後ろに手を組んで言った。
「それは分かんないな」
まるで、自分のことじゃないみたいな言い方だった。
「でも、もし、言うときがあるとしたら、それはお前がもうお母さんを必要としなくなったときかも」
のんびりとそう言った。なぜか、圭は急に自分がイライラしてくるのを感じた。そして、その気持ちを持ったまま、少し意地悪く言った。
「じゃあ、一生、言えないよ」
「えーっ」
カケルさんが、ふざけた調子で言ったので、思わず笑ってしまった。すると、今度はカケルさんがわざときりっとした低い声で、言った。
「お前、早く、彼女つくれ」
「えーっ」
今度は、圭が大声で叫ぶ番だった。その様子を見て、カケルさんはふふふん、と笑った。笑ってから、少し真面目な顔に戻って圭に向かってこう言った。
「今、二人で話したこと。絶対、お母さんに言うなよ」
あまりに真剣な様子だったので、圭もきっぱりと言葉を返した。
「うん。絶対、言わない」
「男同士の秘密だぞ」
そう言われて、ぞくぞくするほど嬉しくなった。
「うん。男同士の秘密だね」
そう言ったら、カケルさんは、上半身だけ起き上がって、腕ずもうするみたいに手を砂の上に立てたので、圭もその手を強く握った。
「おれも、お前の秘密を握ってるからな。これであいこだな」
一人で柵の向こうへ行っていること。それから同級生に突き倒されて帰ってきたこと。カケルさんは、二つばかりぼくの秘密を握っている。
カケルさんの秘密は――。圭は、その先を、自分の心の中でさえ繰り返すことを、やめた。
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