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ペニー・レインVol.21

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 一ペニーの雨、それはまるでぼくらへの幸運の雨のようだった。
 店の権利は、結局ノートン氏から、その親戚のアメリカ人――同じくノートン氏なのだが、に売られてしまったけれど、『ディキシー・ジャズ』は、残されることになったのだ。あの子――キャサリンという名だった――に聞くところによるとこうだ。
 ぼくらがノートン氏に直接頼みに行った日、親戚一同がクリスマスパーティのために集まっていた。ぼくらの歌声と演奏は、一階のリビングにいた新しい経営者であるノートン氏の耳にも当然伝わった。なんだね、あの子達は、という会話になり、キャサリンの父が簡単にぼくらのことを話した。
「店を残して欲しい、と言われてね」
 わたしが一階に降りていったら、ちょうどその言葉が耳に入ってきたの。と、キャサリンは目を大きく開いた。パパは、その後困ったように笑ったわ。わたしは、思わずパパをにらみ返しちゃった。そしたら、それまで黙って窓の外を見ていたノートンおじさんが、言ったの。
「彼らに、店で演奏させたらどうかな」
 って。わたし、階段から一気に飛び降りて、おじさんに駆け寄ったの。
「それ、ステキ!」
 新しい経営者のノートン氏は、つまりぼくらの店をどうしてもつぶしたいわけじゃなく、何か目新しい商売をしたかったのだ。そこで、ぼくらの演奏を耳にして、ふと、生ライブをやることを思いついた。周りにはない、アメリカンなジャズバーの空間を作ったらどうだろう。そんなわけで、お店は改装をしながら、当分続けていく方向に話がまとまった。
「本当にうれしいよ。どうもありがとう」
 ぼくは、キャサリンと公園のベンチに座りながら、彼女にお礼を言った。
「ううん、わたし、何にもしてないわ」
 キャサリンは肩をすくめて笑った。ぼくは、ぴょん、とベンチから立ちあがった。
「でも、きみがいなかったら、ぼくはあそこで歌わなかったと思う」
 年末の公園は、人がまばらだ。
「ぼく、歌いながら思い出してたんだ。最初の夜、きみに歌ったときのこと。きみは、ぼくの歌を聞いて気分が晴れた、って言ってくれただろ。ぼくは何もできないけど、ぼくの歌でそうやって気分が晴れる人がひとりでもいたら、いいなあ、って思った」
 公園のはとが、白い空へ羽ばたいていく。ぼくは振り向いて彼女に言った。
「ね、最初のライブよかったら来てよ」
 彼女は、いたずらっぽく笑ってうなずいた。
「パパも連れてくわ」
 『ディキシー・ジャズ』での、ぼくらの初ライブは、年が明けてから二週目の土曜日の夜だった。それまで、ぼくらは練習と準備に明け暮れた。
「最初が肝心だからな」
 今日はビラ作り会議だ。初めてのライブということで、今回はニッキーおやじが工場に頼んでビラを刷ってくれることになった。どんなデザインで、どんな文字を入れるかを考える。場所、日時、内容、とあげたところで、エドがはっとしたように言った。
「ぼくらのバンド名は?」
 そうだ。どうして今まで気づかなかったんだろう。今のいままで、だれもそれに触れたことがなかったのだ。ぼくらは、自分たちの抜け具合に笑った。
「よーし、じゃあ、バンド名十連発。はい、エドから」
 キムがはりきって仕切る。
「うーん。ジャジカル・トリオ」
 ぼくらは、首を傾げた。
「ちょっと固くない? はい。われらがボーカル、ディッキー」
「ブルー・ムーン」
「しっとりしすぎ! そうだなぁ何がいいかなぁ」
 キムが頭をひねる。
「モッズ・ヘア・バンド!」
「なんだいそりゃ」
「ファンキーすぎるよ」
 ぼくとエドからつっこみを受けて、キムはちょっとしゅんとした。それからしりとりのようなバンド名連発が始まった。
「ジャス・ストリームズ」
「ディキシーズ!」
「アメリカン・ホリディ!」
「イングリッシュ・ガーデン!」
「ドリーマーズ!」
「ディッキーとゆかいな仲間たち!」
 ぼくらは爆笑した。キムが笑いながらも続ける。
「ごめん、却下却下。うーん、どれもいまいちピンと来ないよなあ」
 キムがほおづえをついた。次はエドの番だ。エドも、うーん、と天井をにらんでから、急に顔を輝かせて言った。
「ペニー・レインってのは?」
「ペニー」
「レイン」
 ぼくとキムは、交互につぶやいた。
「ぼくらが、最初に外で歌ったとき、空から降ってきただろ。あれだよ、あれ」
「ペニー・レイン」
 ぼくは、もう一度、口の中でその言葉を転がしてみた。
「うん、いい!」
 ぼくが叫ぶと、キムが指を立てた。
「じゃ、決まり!」

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