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【連載小説】「緑にゆれる」Vol.63 第七章


 もと来た遊歩道を歩いていくと、道を外れて岩場に出ることができる。二人は、そのまま岩場に出て、潮だまりをよけて歩いた。

「あ、見て見て、あれ、ヒトデじゃない?」
 潮だまりのふちに、星形の茶色っぽい生き物を見つける。点々と、毒気のあるオレンジ色のはん点がある。圭は、岩場に落ちていた枯れ枝を拾ってヒトデをつついた。無反応。そのとき、別の潮だまりをのぞいていたカケルさんが、声をあげた。

「おい、見ろ、あれ」
 圭が急いでのぞきに行くと、黒くてごつごつした潮だまりの底に、ちくちくととげのある物体が沈んでいた。

「あれ、ウニじゃない?」

 カケルさんは、そう言っていつの間にか手にしていたビデオカメラを向けると、潮だまりに顔がつきそうなほどかがんで撮影した。

「今夜の晩ごはん……」
 ズームアップのボタンを操作しながら、ささやくように言った。
「あ、あそこにも」
 圭が、岩の突起に隠れているウニを指さすと、そちらにもカメラを向けた。
「けっこういるな」
 カケルさんは、カメラを圭の顔に向けると、もう片方の手でナップザックの中を探り、ボールペンを圭に手渡した。

「え? これ、どうするの?」

 とまどっている圭に向かって、カケルさんは、一瞬カメラから顔を外し、空いている方の手で拳を作ると、何かに棒をぶっさす仕草をした。まさか、これで? 
 圭が怪訝な顔をして、潮だまりを指さしてボールペンを突き立てる仕草をすると、カケルさんは黙って深々とうなずいた。突き刺して採れってことか。

 再びカメラが向けられたので、仕方なくボールペンを握ったままひざをつき、潮だまりに身を近づける。ウニに気づかれないように。そっと、潮だまりに手をつけると、初夏の太陽で十分に暖められて、海水はかなりぬるかった。そっと手を沈めて、えいっとボールペンをチクチクの物体に突き立てた。かしゅ、という感覚が手に伝わってきた。が、ボールペンに突き刺さらずに、ウニはもう一段下のくぼみに転がり落ちた。

「ああっ」

 圭は、声をあげた。それでもあきらめずに、圭はもう一度、潮だまりに手を突っ込んでボールペンの先でウニの棘を下からあおるようにつっつき、くぼみから上へと引き上げた。そして、今度は慎重に、もう一度ペンを突き立てると、すくい上げるように、ゆっくり潮だまりから引き上げた。

「やったーっ」

 思わず叫んでいた。自然と、にっかりと笑ってしまう。潮の匂いが、よりいっそう強く薫ってきた。
 そんなこんなで、圭はウニを五つ採った。

「けっこう採れたね」
 圭は、ビニール袋の中の黒いトゲトゲのウニを眺めた。
「でも、晩ごはんに足りるかなぁ」
 本気で心配して言うと、カケルさんは声をあげて笑った。


 太陽はいつの間にか西に傾き、海は青から次第に色が変わっていく。梅雨が終わった空は、すっきりと晴れていて、すうっと絵の具でひいたような淡いだいだい色が広がっていく。二人は、岩場の先端にしゃがみこんで、しばらくその風景を眺めた。とんびも巣へ帰って行く。

「そろそろ、行くか」

 江の島をあとにして、長い長い橋を渡った。手には、ウニ。真昼の潮だまりの匂いがする。

 しばらく海岸沿いに歩いたあと、道路に出た。カケルさんは、押しボタン式の信号を押した。

「どこへ行くの? っていうか、これから、どうするの?」

 ウニを採る時、晩ごはん、って言っていたけど、どこで食べるんだろう。夜は、刻々とせまってくる。いつになったら、家へ帰るんだろう。すると、カケルさんは、にやりと笑って言った。

「誘拐は、まだ終わらない」

 そうだ、ぼくは誘拐されているんだった、と今日の始まりを思い出す。


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