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ペニー・レイン Vol.22 最終回

 バンド名も無事決まり、ビラは風合いのある紙に印刷されてきた。
「なかなかいいじゃない」
 マスターはたばこをくわえたままうれしそうに言って、店頭のテープルにビラを置いた。街頭で、学校で、ぼくらはできる限り、そのビラをばらまいた。学校のクラスメイトたちは、ぼくがそんなことをしているなんて全く知らなかったので、みんな興味を示した。
「お父さんに渡してね」
 クラスメイトだけで来られてもまずいので、そう言って配った。
「絶対、行くわね」
 中でもサンディは、ビラを渡すと力強く言った。ぼくは、ありがとう、でも無理しないでね、夜のお店だし、と付け加えた。
 そんなこんなで、ライブ当日はあっという間にやってきた。
 前日と、当日の昼間にはリハーサルもやった。でも、観客での初のステージで内心はどきどきだった。
「たくさん来るかな」
 キムは、ステージ裏の椅子の上でスティックをかたかたならしている。緊張して落ち着かないのだろう。エドは、黙ってピストンを動かしながら、軽く音出ししている。店のドアが開いて、どやどやと声がして人が入ってきた。
「よう、今日は同僚もいっしょだ」
 ニッキーおやじだ。工場の仲間三人も連れてきた。その後、いつもちらほら店に顔を出す常連たちが次々と姿をあらわした。
「こんちは、おばさん」
 聞き覚えのある声に、キムがステージ裏から顔をのぞかせる。
「あちゃ、アニキだ」
 キムは、ものすごくきまり悪そうな顔をこちらへ向けた。
「おとといから大げんかして口聞いてないんだけどなぁ」
 そう言いながらも、まんざらではなさそうだ。キムの兄ちゃんは、この間スクーターに乗せていた彼女を連れている。
「あ」
 ぼくは、小さく声を立てた。クラスメイトのサンディと女の子三人が、びくびくした様子で入ってきたのだ。
「何、ガールフレンド」
 キムが、にやにやしながらぼくのわきをつついた。
「違うよ! 『カメレオンサンディ』だ……」
「何か、手に持ってるぜ」
 エドも面白がってこっそり顔を出した。
「〝L〟って描いた画用紙だ。何だろう」
 ぼくが、不可解な顔で言うと、エドがにやにやして言った。
「あれ、きっと四枚あって、L・O・V・Eって描いてあるんだぜ」
「そんな!」
「いいじゃないか。身近に熱烈なファンができて」
 ただでさえ、緊張で体温が上がっているのに、ぼくは顔まで真っ赤になった。
「あれ、エドの学校の制服じゃないの」
 そんなやりとりの横からキムが口を挟む。エドのルームメイトの秀才くんと、見知らぬ生徒がもう二人、姿を見せた。
「ほんとだ。制服なんかで来て、大丈夫かなぁ」
 落ち着かなさそうに、席に座ろうとうろうろする男子学生たちの後ろから、見覚えのある二人が入ってきた。エドのお父さんとお母さんだ。ぼくは前を見つめたまま、エドにささやいた。
「来てくれたんだ」
「来なくていいって言ったのに」
 エドは、客席を見つめながらつぶやいた。期待はしてなかったけど、やっぱり本当はうれしかったんじゃないだろうか。目が潤んで照れてるみたいで、ちょっといい横顔だった。その後に、キャサリンとキャサリンのお父さん、そしてこの店の経営者であるノートン氏が入ってきた。キャサリンは、目でステージを探って、ちょこっと顔を出しているぼくを見つけると、無邪気に手を振った。ぼくは、なぜか反射的にステージの影に顔を引っ込めた。
 ぼくらのステージのために、普段は来ない人たちまでやって来る。いつものお店が、ぼくらのステージになる。
 そういえば、今日、ぼくらの店に一通の電報が届いた。
『 ハツステージ オメデトウ! グレース 』
 ぼくは、今日ここで、いろんな人に囲まれて最初のステージができることを、本当にうれしく思った。
「そろそろ時間よ」
 ママがこっそりやって来てぼくらに告げる。そして、ぼくら三人に向けてがんばって、とファイトのポーズをしてみせた。
「よし」
 ぼくらは、肩を組んで頭をつき合わせた。
「弾けていくよ」
「うん」
「でもクールにね」
「ああ」
 ぼくらは、顔を見合わせてから、オゥ、と短く声を出して気合いを入れた。
 ステージに上がると、一斉に拍手が沸き起こった。
 エドがサックスを構える。キムのスティックが鳴る。ぼくの声がステージに響いた。
 ぼくらの音楽は、終わらない。      
                              (完)
                                                                                    (原稿用紙152枚)

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