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ペニー・レイン Vol.14

 その日は、エドの父も仕事から早く帰ってきて、エドの家族とぼくとキムとで食卓を囲んだ。テーブルには、赤いチェックのテーブルクロスがかかり、その上には、じゃがいもとベーコンとたまねぎがたっぷり入ったポトフが置かれた。それに、粉チーズのかかったシーザーサラダに、焼き立てのブリオッシュ。とてもぜいたくな食卓だ。ぼくとキムは、並ぶ料理やセンスのいいお皿に、いちいち目を見張った。


「エドワードが友達を連れてくるなんて、初めてだな」
 エドのお父さんは、かっちりした言葉遣いの中にも、少しうれしそうな響きを込めて言った。
「同じ学校なのかい」
 ぼくとキムは、名前と学校を言って簡単に自己紹介をした。エドは、黙々とポトフを口に運び続けている。エドのお母さんが、場をなごますように口を挟んだ。
「この子たち、音楽を一緒にやるんですって。今日はうちに泊まるのよ」
 その言葉を聞いたとたん、ぼくはお父さんのこめかみの辺りが、ひくっと動いたのを見た。
「余計なこと言わないでよ、母さん」
 エドが、静かに、でもはっきりと言った。ぼくとキムは、できるだけ行儀よく、おとなしく食事をいただいた。


 食後、ぼくらは早速地下室へ向った。まずは簡単に音を出す。マイクを電源につないで声を出すと、いつものお店より響く感じがした。
「なんか気持ちが引き締まるな」
 ひととおりドラムを叩いたキムは、軽く腕を伸ばしながら満足げだ。
「選曲、どうしようか」
 エドが切り出した。よくやりこんだ曲がいいだろう、ということで、選曲は結局この間と同じ三曲にすることにした。
「でも、それだけじゃ、ちょっとつまんないかなぁ」
 せっかくだから、二度目に聴くグレースにも初めて聴く人にも心に残るようにしたい。
「もう一曲入れる?」
「デモテープとしては三曲で十分だと思うけどな」
 そこで、ぼくはこう提案した。
「じゃ、ちょこっとオープニングを入れるのはどう?」
 これには、エドもキムも賛成した。オープニングらしく、曲っぽすぎないのがいいということで、スキャットの曲「スムーズ・セイリング」が候補に上がった。提案はもちろん、曲のレパートリーが多いエドだ。さっそく、二階のプレーヤーでレコードを回す。陽気なエラ・フィッツジェラルドのスキャットが流れてくる。スキャット、というのは歌詞の変わりに「ダバディダ…」など意味のない言葉を即興に連ねて歌うことだ。レコードの声は、すごくカッコよく、楽しそうに聞こえる。
「いいね」
 ぼくとキムは、並んで床に座り、リズムに合わせて肩を揺らす。何回も最初の部分をリピートでかけながら、エドが言う。
「このピアノのメロディをぼくが吹くよ。キムはこの通りにスウィングして、ディッキーが自己流にスキャット。で、十二小節でアレンジしてしめくくろう。テンポもそんなに早くないし、ちょっと練習したらすぐできるよ」


 ぼくらは、さっそくオープニングから練習に入った。スキャットは鼻歌ではよくやるけど、マイクを通して歌ったことはなかった。「ドゥドゥ~、ブギウギドゥーダ…」とやるたびに、口からついて出る文句が違っちゃうのだけれど、これが、どうしてなかなか気持ちがいい。歌詞がないのに、〝本当に歌っている〟って感じがする。


「さすがディッキー、カンがいいなぁ」
 めずらしくエドがほめてくれた。オープニングを何回か練習して、本命の三曲の練習に入った。普段から練習している曲だけれど、間奏やアレンジが完璧じゃない。「ユー・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ」は、ぼくのアレンジの余地はあまりないけど、サックスの長い間奏がある。

「オール・オブ・ミー」は、普通にさらりと歌えばそれですむけれど、声の張り上げ方とか、メロディアレンジが自由にできる。「明るい表通りで」にいたっては、歌い方もテンポも間奏も、アレンジしようと思えばどれだけでもできる曲だ。

 練習すればするほど、欲がでて、なかなかアレンジが安定しない。もうちょっとこうしたほうが、いやここが、と言いながら、エドが最終OKを出さないのだ。つくづく、われらが音楽隊長のエドは根っからの凝り性だ、ということが合宿一日目にして分かった。それとともに、つくづくジャズの奥深さを知った。なんとか三曲が形になって、今日は終わりかと思ったら、エドが口を開く。
「あの一曲目の間奏だけどさ」
「もうバテバテだよーッ!」
 ついにキムが、ひっくり返りそうなくらい上を向いて絶叫した。
「ごめん、ついつい……。じゃ、今日はここまで」
「やったー」
 ぼくとキムはガッツポーズした。時計は、知らないうちに十一時を回っていた。


「でも、エドは本当にサックスが好きなんだね」
 二階への階段をあがりながら、ぼくは言った。普段は落ち着いてクールなエドが、サックスを吹いているときは別人みたいになるからだ。まるで歌ってるみたいにすごく表情豊かに吹く。エドは、階段を上がりながら答えた。
「うん、多分そうだね」
「多分?」
 ぼくが意外に思って聞き返すと、ちょっと考えてからこう言った。
「サックスを吹いているときは、生きてる、って感じがする」


 ぼくは、ちょっとびっくりした。じゃあ、それ以外のときは死んでるような気分なんだろうか。そう思ってから、いつかまだ名前も知らないエドを訪ねて学校へ行ったとき、秀才くんが「あいつは授業もさぼりがちだから」と言っていたのを思い出した。

 エドは学校はあまり楽しくないのかもしれない。そういえば、寄宿舎学校で普段家にいないのに、週末もかなりよく「ディキシー・ジャズ」に顔を出す。あまり家でも楽しく過ごしてないんだろうか。でも、そんなことはつっこんで聞けなかった。
 「今日の夜は、この部屋のベッドを使って。ちょっとせまいけど、二人で一つのベッドでいいかな」
 エドは、自分のとなりの部屋のドアを開け、電気をつけながら言った。

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