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【連載小説】「緑にゆれる」Vol.24 第三章

 圭が、カケルの離れに顔を出したのは、次の日学校から帰ってすぐだった。ランドセルも背負ったまま、デッキにぽつんと立っていた。

「おう、おかえり」

 そう声をかけると、何か言いたげな目をしてこちらを見つめている。最初は、美晴が不在で玄関に鍵がかかっているのかと思った。カフェの方を見ると、かすかに動く影が見える。不在ではない。

 圭は、何もしゃべらないで気持ち背伸びしている。離れの中が気になるのだ。

「中、入りたいのか?」

 圭は黙ってこくん、とうなずいた。ランドセルを背負ったまま、中に入ってきた。彼は、四方の壁に並べられた本を見回す。古いアンプも、隅にたたまれた布団も、小さな冷蔵庫も、すべて初めて見るもののように、ゆっくりと見回している。そして、奥の窓にゆれる緑を見つめて、窓辺へ足を運ぶ。虫が一匹、羽音を立てて飛び立っていった。

「こんな風に、見えるんだ」

 小さくつぶやいて、ほっとひとつ息をはいた。

「何か、飲むか」

 冷蔵庫を開けてたずねると、すかさず、うん、と子どもらしい返事が返ってきた。

「何があるの?」

「天然水、炭酸水、アイスコーヒー、野菜ジュース、今はそんなとこ」

「じゃぁ……炭酸水」

「味、しないぞ」

 でもいい、というので、ペットボトルごと渡す。圭は、うっ、と力を入れてキャップをひねると、ひとくち飲んだ。強い炭酸に、思い切り顔をしかめてから、ごくり、と飲み込む。

「すごい、シュワかったぁ……!」

との言葉に、思わず笑ってしまった。

 いつもこんなの飲んでるの、と聞くので、窓辺に置いてあるウィスキーを指して言った。これで酒を割るのさ。圭は、ふうん、と言ってから、下の本棚に目を移した。

 それからしばらく、本棚の本を出してはめくり、しまってはまた出す、ということを繰り返していた。カケルは、圭には構わず、企画のノートに目を通していた。

「圭」

 突然の声で、静かな時に波が立つ。

「ずっとここにいたの? 帰ってるんなら、言ってよ」

 美晴が腰に手を当てて、引き戸の向こうに立っていた。

「カケルさんも。ひとこと教えてください。圭、離れに行くときは、ただいまを言ってランドセルを置いてからね」

 腕を組んで、美晴が言った。

「はーい」

 低音と高音の、二人の声が重なった。


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