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第11話 藤崎結と、夏祭り

「宮前先輩っ!何食べますか?」
キラキラした笑顔で、結ちゃんがそう私へ呼び掛ける。
いまこの瞬間が楽しくて仕方ないといったようにはしゃぐ結ちゃんの様子に、彼女も少なからず今日の日を楽しみにしてくれていたのかもしれない、と安堵する。
だって、わざわざ浴衣まで来てきてくれているのだ。
夜道をこうこうと照らす出店の明かりのなかに、華やかな桃色の浴衣はよく映えていた。

私がすぐに返事をしなかったからか、「先輩?」と結ちゃんが首を傾げ、私の顔を覗き込んでくる。
「え、ああ…」と明らかに戸惑った声が出てしまって、結ちゃんから離れるようにのけぞってしまった。

「え、…どうしたんですか?私 何かしました?」
「ううん、ごめんね。さっきも言ったけどさ、その浴衣本当に似合ってるなって思ってた」
結ちゃんの表情が一瞬にして怪訝な色に染まったのを見て、慌てて説明する。
そうすると、彼女は目を見開いて「ちょ、先輩だって、今日は浴衣じゃないですか…。その浴衣…大人っぽすぎて、私、隣を歩いていいのか迷いましたもん」と、恥ずかしそうに目を反らした。

思わず結ちゃんの空いた方の手を取る。
びっくりしたようにこちらを見る彼女に、気合いを入れ直して向き合った。

「そんなこと言わないでよ。今日は結ちゃんを一人占めできる、って私、楽しみにしてきたんだから」
また宮前先輩はそんな気を持たせるような事を言う、とぶつぶつ呟く彼女の手を引っ張り、人混みのなかを歩き出す。
気を持たせるような、 ではないのだ。
マジもんのアプローチをしているのだから、  いい加減、気づいてもらわないと。
今日の私は、勝負をかける気で来ているのだから。


「あ、で、何だったっけ。焼き鳥でも食べる?」
「あ!じゃああっちの角にある屋台の焼き鳥が、昨日食べた時に美味しかったのでいきましょう!」
「へ?」
「へ?」
「昨日も来たの?」
「来ました!この3日間のお祭り期間、毎日来てます。1日目は中学時代の友達と、2日目はいまのクラスの友達と」
「マジか…」
「毎日、屋台で夕飯を済ませてたら、流石に今日はお母さんと葵ちゃんに捕まって夕飯食べさせられましたけど」
「でしょうね…」

私が親でも心配です。
というか、そっか、今日がお祭り最終日だもん、それまでに誰かと来ている可能性は確かにあったよね。まさか毎日来ているとは思わなかったけど。

 そう思うと、さっきまで感じていた特別感が失われ途端に挫けそうになる。
いやいや、何のために最終日を選んだんだ私。最終日の打ち上げ花火を一緒に観るためだろう。
そう自分を鼓舞して持ち直す。

当の本人は、私の気持ちの浮き沈みなんて知らず「暑いですねぇ」と額に貼り付いた髪を払い、 気温の高さで赤く火照ったうなじ辺りを、パタパタと手で扇いでいる。
「……団扇、買ってあげよっか。可愛いやつ」
「先輩、焼き鳥の話どこいきました?」
もはや焼き鳥なんて、どうでも良いのである。


良い雰囲気だと思う。
焼き鳥を買って一緒に食べて、団扇を買い、ふたりで色んな出店を覗いて歩き回った。
喉が渇いたらラムネを買って、懐かしいね、なんて言いながら飲み干した。

結ちゃんは、空っぽになったラムネの瓶を振りながら、今日までの2日間、友達と行った出店やその時にした面白かった話を教えてくれた。
 結ちゃんがラムネ瓶を振る度、なかに残ったビー玉も楽しそうにカラカラと音をたてた。

そうこうしているうちにお祭りも終盤になり、私達は花火を観るため祭り会場の大広場まで移動して腰を落ち着けていた。
辺りに人は多いけれど、薄暗くて周囲の人達と一定の間隔は確保されているのを良いことに、イチャつくカップルもちらほら見受けられる。

隣に座る結ちゃんは、私が買ってあげた団扇で自身をパタパタと扇いで空を見上げている。
その横顔が、とても可愛い。

「…あ、そういえば昨日」
隣から声がしてまた結ちゃんの方を向けば、いつの間にか前方にいるカップルの方を何気なく見ている。
「どうしたの?」
「そういえば昨日、クラスの男子に告白されたんです」
「え…」
「まぁ、断ったんですけど。そういうのよくわからなくて」

先程まで感じていた高揚感が、一瞬にして吹き飛んだ。
「昨日一緒にお祭りに来たクラスの友達って、もしかして男子もいたの?」
「あ、そうです」
それをはやく言ってくれ、とはこちらの都合なので言えるわけもなく、心なしか背中にじんわりと汗が浮かんでくる。

今朝見た夢が、頭のなかでフラッシュバックする。この子を誰にも取られたくないんだと、心が叫ぶ。

言うならいまだと、素早く周りを見渡して心を決めた。
「先輩?どうしました?」
「…ねぇ、結ちゃん。結ちゃんは、誰かといるときにドキドキしたりしたことない?」
そう問いかけながら、そっと結ちゃんの手を取る。
 一瞬戸惑うような顔をしたけれど、すぐに赤くなる顔が、嫌がっている訳ではないと告げていた。

「いまはどう?」
「どっ、ドキドキ…してます」
「その男子に告白された時は?」
「 ちょっとドキドキしたけど、私、女の子だけど良いのかなぁ、って聞きそうになりました」
……そうだ、この子は重度の腐女子だった。
 内心、告白した男子に同情する。

握った結ちゃんの手に指を這わせ、手のひらをゆっくり擦る。
「それなら、その告白してきた男子とは、付き合わないんだ?」
「まだそういうの、よくわからないし、…なんだか怖いし」
「そっか。結ちゃんは、私の事どう思ってる?嫌い?」
「嫌いじゃないです!!それは無いです」
 「じゃあ…一瞬にいて怖いって思ったことある…?」
自分でも、こんな聞き方ズルいよなぁ、と思いながら結ちゃんの反応が可愛いくて、でも私も怖くて、ひとつひとつ問いかけて反応を確かめていく。

おそるおそる、ひとつずつ、段階を踏んで。

ついでに、もともと近かったふたりの距離もじりじりと詰め、私が首を傾げて至近距離から結ちゃんの顔を覗き込むかたちにする。

「宮前先輩は、怖くないです…」
「そっか、じゃあ…」
――こんなことしても?
息がかかるくらいの距離まで顔を寄せ、結ちゃんの頬にちゅ、と口づける。
ミルクのように甘い、結ちゃんの香りがした。
タイミングを図ったように花火が打ちあがり、周りから空に向けて「おおー」と歓声があがる。
お互いのことを見ているのは、きっと私達ふたりだけだ。

「私、結ちゃんのことが好きなんだ」
そう囁くと、彼女は顔を真っ赤にして、潤んだ瞳で見つめ返して来た。

「好きっ…て」
「そう、好き」
「先輩、他に好きな人がいるんじゃ」
「ん?いないよ?」
そう告げると、何やら顎に指を添え、考え込みだした。珍しく頭の処理が追い付いていないみたいだ。
「ごめんね急に…イヤだったかな…?」
ここまでしておいてなんだけど、私だって不安なのだ。
不安で不安で、正直、手が震えてる。
その時、ずっと私にされるがままだった手が、結ちゃんの方からもぎゅっと握り返された。

「あの…私、まだそういうの、よくわかっていなくて。先輩といるとドキドキして、誰にも取られたくないって思うんですけど、そう思うと頭のなかがぐるぐるしちゃって」
「うん、いいよ。そしたら、落ち着くまで暫く考えてみてよ。ずっと待つからさ」
結ちゃんの目を見てそう言うと、彼女は恥ずかしそうにはにかんだ。

私の気持ちはちゃんと伝えた、後は、結ちゃんが自分の気持ちにちゃんと向き合うのを待つだけだ。
その日の帰り道は、ふたりで手を繋いで帰った。

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