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テレビと見えないチューブで繋がる


1950年代生まれの人々はテレビと見えない管で脳が繋がれているのでしょう。
部屋に入って来れば100%テレビ。話しかける隙はない。

話しかけても「聞こえない、知らない、わからない、面倒臭い、興味ない」もしくは無反応。この傾向は何年も前からあった。

話しかけなくなる娘。昭和30年生まれのアル中により前頭葉萎縮により物事の認知能力が極度に低下している父「話し方がおかしい、お前は冷酷、人付き合いしても4日くらいで人が離れてくタイプ、いつまで苦労させる気だ」

ある日、私は花瓶を割った。百円ショップで買ってきた綺麗なガラスの花瓶が、そこにあることに気が付かずに。丸太を切って作った台の上をいつものように跨いで通ろうとしたら、そこにあった花瓶を倒して割った。

普段から花が飾ってあれば花瓶の存在を認識できたのだろうが、私は突然現れたものに気づかない注意散漫な子供だった。

普段飾らない花を飾った途端に花瓶を割った子供は悪魔。父は激怒して「川に行って顔沈めてこい。頼むから。お願いだ。」とその日何度も私に言った。私は父親がキレるたびに「ごめんなさい」を連発して死を免れた。

ごめんなさいを言った回数は世界で上位0.1%以内に入るでしょう。少しでも批判的な態度を取る子供だったら、平成初期の時点で私の命は終わっていただろうと思う。アルコールで脳がやられている人の行動は制御が効かないらしいことを知った後、色々なことに辻褄が合うと同時に「よくみんな生きてたな〜」と感じた。娘を侮辱する時、「友達がいない」ことに関して必ず言及する。それは私が小学生の頃から始まった。

「お前は友達がいない」おそらくそれは願望なのであろう。自分自身に友達がいないから、娘に友達ができて自分より幸せな生活を送ることは許せないのだ。人は他者を否定するときに必ず自分の内面を反映させる。

自分自身に友達がいない人は、相手を侮辱するときに「友達がいるかどうか」について気にせずにはいられない。他者を侮辱するときに自らの口から出てくる言葉は全て自己紹介。この父親は今日も4Lの焼酎を買ってきた。

わからない、知らない、めんどうくさい、興味ない。居間に座ればそれぞれが自分の端末を持って画面に釘付けになり会話は無い。

出かけたくない、話したくない、知らない、つまらない、全てお前と社会が悪い。それでも生きていたい人間。

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