見出し画像

建築感想文ー嘉山の家/トクモト建築設計室

 2019年3月16日から17日にかけて、新潟市に拠点をおくトクモト建築設計室が手がけた住宅「嘉山の家」の内覧会が催されました。その際の感想を以下に述べたいと思います。

新潟市北区・旧豊栄市

 敷地は新潟市北区嘉山。
 北区というエリアは合併前の旧豊栄市の行政域とほぼ一致し、建築界隈では青木淳による「潟博物館(ビュー福島潟)」や安藤忠雄による「豊栄図書館」「葛塚中学校」などが立地していることでピンときやすいのではないか。
 嘉山地区はJR豊栄駅から南東に1㎞離れた住宅地であり、ここを境に一面が田園風景に変化する。年代の古いであろう、現代住宅にとってはやや大きめの敷地が二筆に分譲されていたという、その一方に「嘉山の家」は建てられている。

ここで暮らすことの豊さ

 分譲された敷地は、間口は目測で8m程度であるのに対し、奥行きは20〜30mほどあるのではないかという、密集していない長屋のような形状をしている。このように、間口が狭いなど制約のある敷地を取り扱う場合、屋内空間の豊かさ(しばしばそれは広さという概念に置き換えられる)を追求するために間口いっぱいに建築を計画することが効率の良い手段として選択されることがある。
 しかし「嘉山の家」はそうではない。建物どうしの程よい離れ感、空が遮られずひろがってそこにあり続けること、そういったこの地域で暮らしてゆくことの喜びや近隣との関係性を意識しているのであろう、しっかり間口をとった1階ボリュームの上にひと回りからふた回り小さな2階ボリュームを乗せている。床の広さで豊かさを獲得するのではなく、建築の佇まいこそが豊かさであると主張している、禁欲的でささやかな住まいだと言えるのではないか。

設計と監理

 施主の家族構成は夫婦と子ふたり。1階に玄関・LDK・水回り・客間が配され、2階にワンルームの就寝空間が設けられている。このような階構成は前述のようなボリュームバランスを取りやすくしているし、将来的に子が巣立ったり家主が老いたとしても1階で生活を完結しやすいものとなっている。
 キッチン・水回り・リビングは回遊動線で結ばれており、大げさな廊下などは不要となっているため、面積効率も良い。家事動線が行き止まりになっていないことは、朝晩の忙しい家事労働を楽にしてくれるし、複数の家族が家事に参画しやすい状況を作るために有効な手段でもある。

 2階は無柱空間となっている。壁量としては不足がないものの、水平力に対する構造物の挙動を安定させるため、小屋梁レベルの短辺方向にスチールのフラットバーを渡している。シナベニヤで仕上げている壁・天井との取合い部分が美しい仕上がりとなるよう、現場との念密なやりとりがあったとのこと。何気なく張られている天井・壁の仕上げも、施工者の理解と協力なしでは簡単には出来上がらないものなので、そういった意味で設計監理者として熱意をどう伝えるか・現場をどう巻き込むか、といった目に見えないパワーもこの空間から感じられる。

さいごに

 日頃の自分の業務と比較し、似たような納まりもあればそうでないものもあり、まずはとにかく実務の上での勉強となった機会だった。また設計者の徳本賢洛氏とは工事費を抑える工夫や、今後世の中から求められる建築家としての業務の変化についてなど、社外の先輩アーキテクトだから可能となる会話を交わすことができ、自分の知見も深まったように思う。
 この分野のみに携わっていると、常識を知らないまま大人になってしまいがちな業界で、世の中の消費動向や建築が求められていることを読んでいくことは、業務の上でも自分の生活感としてもなかなか難しい。そんななかで、このように説得力のある堅実な建築とこのタイミングで出会えていることが、きっと後の自分や業界にとって意味のある出来事になるような気がする。

 『もっと議論を起こさないか?』

 そう(とくに地元の)同業者に伝えたくなる建築体験だった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?