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女マネ部!『#創作大賞2023|漫画原作』第ニ話
第二話
「ど、ど、どういうことですか?!」
「どういうことも何も…そういうことなんだけど」
「いや、だって帝政の秘密の部活と、女ハン?のマネージャーと、どういう関係が…」
「女子ハンドボール部、略して女ハン、ね」
聞きたいのはそんなことではないのに、目の前の上級生はあくまでも飄々とした態度を崩さない。
千紘は今日、帝政高校の一年生になったばかりだ。
ついさっきまで、内気で気弱で、夢見がちな自分自信に嫌気が差していたはずなのに、目の前の上級生の口からこぼれたのは、千紘が中学の頃から憧れていた、帝政高校に代々伝わるという『秘密の部活』へのお誘いだった。
真偽不明のおとぎ話の扉が急に目の前に現れて、期待と不安で目が回りそうだ。しかし、その扉は女子ハンドボール部のマネージャーに繋がっているらしい。一体どういうことなのだろう?
千紘は、高揚する気持ちごと抑えつけるように、右手でバクバクと鳴る左胸を抑えながら、目の前にいる上級生・女子ハンドボール部のマネージャーである佐伯世那に尋ねた。
「さっき見た進藤先輩のシュート、すごくカッコいいって思いました。でも、女ハンのマネージャーと、秘密の部活に入るのと、どういう関係があるんですか?」
一息に尋ねた後に千紘は「よし、言った」と思った。
しかし、セナからの答えはたった一言だった。「分かるよ」
「すぐに分かる。きっと来週あたり、部活の入部届が学校から配られるはずだから。その紙持って私のとこ来て、三年二組だから!じゃ、コップ洗うの手伝ってくれてありがとう!助かった!また来週ねー!」
一息にそう言うと、洗ったばかりの大量のプラスチックのコップを両手で器用に持ち、セナは元来た道を風のように戻っていった。ハンドボールコートに向かって。
一年四組の窓辺の自席から、ここまでわずか三十分。これまでの出来事がまるで夢だったかのように、水道に一人残された千紘は、その跡を呆然と眺めることしかできなかった。
ーーー
「…各自、部活動については体験入部期間のあとに部長、もしくは顧問に入部届を提出するように」
あれから何度目かのホームルームで配られた入部届は、いまだ白紙のまま手元にある。
そして今日は、その体験入部期間の最終日。
気の抜けたコーラみたいに甘ったるい春の空気とは真逆で、千紘の心は不安と緊張に包まれていた。その横顔を、右側を歩く近田恭子が覗き込む。「佐藤さん、緊張しすぎだよ〜」
入部届が新一年生に配られてからというものの、千紘は、入学式の日に出会ったセナとの会話を思い出さない日はなかった。
千紘はいつも以上に臆病だった。この決断が、ただの部活選びだとは、なんとなく思えなかったからだ。自分自身のこれからを左右する、重要な決断となるような気がしてならなかった。
そもそも、セナは入部届を持って三年二組の自分のところまで来いと言ったが、女ハンのマネージャーへの勧誘ならば、「女子ハンドボール部の体験入部」に誘うだろう。おとぎ話への扉に手を掛けたものの動けないまま、千紘は今日を迎えてしまった。
そんな時、右隣の席のクラスメイト・近田恭子が、部活の体験入部に一緒に行かないかと誘ってくれたのだ。しかも、女子ハンドボール部の体験入部に。
「あたし、中学ではソフトボールやってたんだけど、帝政にはソフト部ないんだよねー」
ボール投げる部活ならソフトと近いっしょ、と緊張と不安で逃げ出しそうな千紘とは正反対に、恭子はのんびりとしている。
二人は放課後、体操服に着替えて、体育館傍にあるハンドボールコートを訪れた。
「あぁ!入学式の時の!来てくれたんだ!」
先日と同じように、ゴールに向かってフリーシュートを打っていた部長の進藤凛が、千紘の顔を見て嬉しそうに近付いてきた。
「しかも友達連れて来てくれたの?ありがとう!嬉しいよ!」
「あ、いや」
友達、という言葉に対し、恭子への申し訳なさから首を横に振ろうとした千紘より先に、恭子が勢いよく頭を下げて口を開いた。
「一年四組の近田恭子です!佐藤さんとは同じクラスです!中学はソフトボール部でキャッチャーやってました!今日はよろしくお願いします!」
のんびりと楽天的で、先ほどまでののほほんとした態度とは打って変わった恭子に、千紘は心底驚いた。きっとこれまで、運動部特有の上下関係の中で厳しく躾けられてきたのだろう。
「よろしく近田さん!うちはそんなに規律厳しくやってないから、安心して。じゃあ、もう少ししたら始めるからね」
ーーー
「佐藤さん、部長と顔見知りだったんだね!も〜早く言ってよ〜」
と、手首を回しながらアキレス腱を伸ばす恭子は、もうさっきまでの体育会系のスポーツマンではなく、元ののほほんとしたクラスメイトに戻っていた。
「そんなそんな、顔見知りだなんて…。入学式の後にたまたま会って…」
『たまたま』なもんか。
千紘は、自分で言いながら恥ずかしくなった。たまたまなんかじゃない、シュートを打つ姿があまりにも綺麗で、かっこよくて、自分から覗きに行ったのだなんて、とてもじゃないが言い出せなかった。
恭子と雑談をしながらも、千紘はセナの姿をキョロキョロと探したが、マネージャーのセナに用があるのだと言い出せないまま準備体操が終わり、遂にはアップが始まってしまった。
まずはハンドボールコートを五周、最後の一周は全力で走るというメニューだったが、千紘はさっそく周りについて行けず、一緒に走っていた十数名の一年生たちの視線を一身に受けながら、周回遅れの上、盛大に転んでしまった。
「佐藤さん大丈夫?!」
集団の先頭を走っていたリンが慌てて駆け寄ってくるのと同時に、コートの外から大きな声がした。
「あーー!!佐藤さんじゃーん!!なーに走ってんのっ!!怪我は?!」
千紘が探していた張本人が、やっとハンドボールコートへとやって来たのだ。石鹸の香りをぷんぷんさせているところを見ると、体験入部の一年生たちのために洗濯したビブスを取り込んできたところなのだろう。セナは転んだ千紘を見るや否や、大慌てでコートの中まで走ってきた。
「ちょっとリン!佐藤さんはマネ志望なんだから!走らなくていいの!」
「なんだ、やっぱりそうだったんだ」
そんな気はしてたんだけど、とバツが悪そうに頭を掻きながら、リンは転んで座り込んだままの千紘を支えて起こし、「大丈夫?ごめんね」と謝罪した。
「全然大丈夫です。それよりも、練習を止めちゃって、ごめんなさい…」
千紘は、少し離れたところから心配そうに自分を見つめる恭子や他の一年生たちへの申し訳なさと、しっかり意思表示が出来ない自分自身の不甲斐なさに、思わず目に浮かんできた涙をこぼさないように、きゅっと唇を噛み締めた。
その様子を、血の滲んだ膝小僧が相当痛むのだろうと受け取ったリンはさらに慌てふためいたが、セナは至って冷静だった。
「私が佐藤さんの手当てするから、みんなは練習に戻った戻った!ビブスは部室、ストップウォッチは体育教官室、水は各自で!じゃ、あとヨロシク!」
ーーー
「痛かったね。でもそんなに傷口深くないみたい!よかった〜」
保健室に行く前に砂の付いた患部を洗い流そうと、二人は入学式の日にやってきた体育館横の水道を訪れた。
千紘の膝の傷が想像よりも浅かったことに安堵したのか、セナはほっと息を吐いて、そして独り言のように呟いた。
「私のところまで来てって言ったのに。今日まで来てくんなかったから、秘密の部活も女マネの件も、断られたのかと思ったよ」
千紘は正直な気持ちを答えた。
「その件なんですが…女ハンのマネージャーになることと秘密の部活に入ること、どう繋がるのか…分からなくて。だから、なんとなく、行けなかったんです…」
俯きながらそう話す千紘に、そっかそっか、と頷きながら、セナはタオルで手早く千紘の膝を拭った。血はすでに止まっており、どうやら止血の必要はなさそうだ。その様子に、改めて安心したように微笑みながら、セナは答えた。
「ごめんね、きちんと話せば良かった。私が帝政の秘密の部活の、部長なんだ」
ーーー続く
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