なぜ、デザインが重要なのか?<サーキュラーエコノミーのデザイン②>
映画『チャーリーとチョコレート工場』に出てくるウォンカチョコを彷彿とさせるユニークなパッケージに包まれたチョコレートバー「Tony’s Chocolonely(トニーズ・チョコロンリー)。オランダのスタートアップが製造するチョコレートだが、日本でもPLAZAなど海外商品を取り扱うお店でも売られている。重量感たっぷりのチョコバーの分厚さと相まって、思わず手に取りたくなる。
明るくポップなデザインにそそられるが、よく目を凝らしてみると、鎖が描かれている円のまわりには、「together we’ll make chocolate 100% slave free」のメッセージ。Tony’s Chocolonelyは、消費者にただ美味しいチョコレートを届けようとしているのではない。彼らのビジョンは、「100%強制労働に頼らないカカオを使ったチョコレート」を届けること。
重要な社会課題解決をミッションに掲げながら、問題の深刻さを消費者に訴えかけるようなメッセージやデザインは見られない。あくまでさりげない。何故だろうか。気付いてほしい問題があるなら、目立つように打ち出してもよさそうなものだ。その裏には、一般の消費者の目線に立ったデザインとビジネスとしての戦略がある。
前回は、サーキュラーエコノミーの仕組みのデザインについて書いた。本稿では、サステナブルや循環型のビジネスを行う上で、生活者視点のデザインについて考えたい。
サーキュラーエコノミーとデザイン
サーキュラーエコノミー(以下、CE)を推進する国際的な代表機関であるエレン・マッカーサー財団は、デザインファームIDEOと共同で、CEを実践するためのデザイン・ガイドブックを作成し一般公開している。その他にも、ファッション、フード、パッケージ、建築物など業界別、企業のリーダーシップや行政の政策立案者向けなど対象別に、世界各国のデザイン専門機関と、デザイン思考を活用したツールキットを共同開発し、オープンソース化している。
日本語でCEの実践について検索すると、ビジネスモデルやサプライチェーンの構造改革に関する情報が多いように見受けられるが、海外情報で検索すると、デザインという言葉が当たり前のように上位に出てくる。
エレン・マッカーサー財団は、デザインの重要性について、サステナブル、リジェネラティブ、サーキュラーな社会を実現するためには、マインドセットの変革、現行のリニアモデルからの移行、自然資源の破壊から再生、素材の活用方法から循環させる仕組みの全体設計(Design out Waste)が必要であり、根本から”Re-thinking, Re-designing”しなければならないとしている。そのために、デザインの力は欠かせないのだ。
生活者を巻き込むデザイン
エレン・マッカーサー財団と同様に、デザインを通じてサステナブルな社会への移行を目指すNYのデザインファームにDisrupt Designがある。TED登壇実績もあるLeyla Acaroglu博士は、システム思考、デザイン思考、サステナビリティ学(Sustainalbility Sceinces)の要素を組み合わせ、持続可能な社会変革を促す方法論として「Disruptive Design Methodology」を独自開発。
持続可能かつ半永久的に循環するビジネスを考える際に、考慮すべき14の戦略を特定している。左上から最初の12の戦略は、仕組みやビジネスモデルのデザインを取り上げている。仕組みやビジネスモデルのデザインとして、前回の記事で紹介したバタフライ・ダイアグラムや、戦略コンサルティングファームのアクセンチュアが分類したCEの5つのビジネスモデルも挙げられている。
ここで注目したいのは13番目の「Influence」だ。製品・サービスのブランドデザインの戦略にあたる。サステナビリティやCEの実現は重要であるとはいえ、日々の生活の中で意識することは難しい。「常に意識しなければならない」という強迫観念があっては、消費者側も疲弊してしまう。いかに、サステナブルやCE以外の要素で、純粋に製品やサービスのファンになってもらうか、その中で自然に重要なメッセージを伝えることができるか、戦略とデザインが問われる。
また、一度ファンになってもらった顧客には、ビジョン・ミッションに共感し、インフルエンサーとしてメッセージを発信してもらったり、製品・サービスに対するフィードバックを共有してもらうなど、企業と顧客との新たな関係構築の機会とも捉えて、プロダクトからその後のコミュニケーションのデザインまで考えることが重要になってくる。
ビジネスと社会課題解決のWin-Winを目指す欧州企業
Tony’s Chocolonelyは、まさに上述のデザインの好事例だ。冒頭でも紹介したように、「児童労働撲滅」という同社がミッションに掲げる社会問題を強調するようなデザインは見られない。あくまでさりげなくメッセージを、商品パッケージやチョコレート本体に込める。奴隷の解放をイメージする鎖のロゴを小さく施したり、チョコレート本体も通常の板チョコのように綺麗に分割できないようわざわざデザインしている。これは、表面からは見えなくても、実際には社会に存在する不平等を表現しているという。
このような「さりげない」デザインは、メリット・デメリット双方がある。メリットは、社会問題に関心のないごく一般のチョコレート好きな消費者の購買行動を邪魔することがない。一方、デメリットは知らなければ気付かないという点だろう。しかし、これこそがサステナブルやCEに取り組むヨーロッパ企業の顧客戦略なのだ。意識の高い層だけにリーチしていては、顧客層の幅が狭まることで、社会的な影響力も限定的になる。当然、販売売上も伸び悩むだろう。これでは、ビジネス自体が持続可能ではない。
CEをはじめ持続可能な社会を実現するための問題は、いずれも多様なステークホルダーが共創して社会全体で長期的に取り組まなければならない。だからこそ、問題自体を知らない一般消費者や未来において社会課題を解決する当事者となる子どもにも、まずは受け入れられることが大切だ。どのような店舗でも目立ち、思わず手に取りたくなるような明るいポップなカラーやデザインを施すのはそのためだ。
Tony’s Chocolonelyの他にも、道端に捨てられたチューインガムを回収しスニーカーを製造するアムステルダムのスタートアップGumdropや、再生可能エネルギー事業を行うイギリスのスタートアップOctopus Energyなど、ヨーロッパ企業では一般消費者や生活者を意識したデザインはごく自然に取り込まれている印象だ。Gumdropは蛍光ピンクでポップ感や親しみやすさを演出。思わずガムを拾い上げて回収ビンに入れたくなる。噛んだ後のガムのごみの汚さを微塵も感じない。Octopus Energyも、キュートなピンクのタコをメインキャラクターにして、電力事業者とは思えない子ども向けのゲームのようなデザインで楽しさを創り出す。まずはキャラクターに惹かれて興味を持つ、また特に電力を使用する家庭において、次世代の電力消費者になる子どもにも関心を持ってもらうための工夫だ。
このようにプロダクトやブランドデザインにこだわることは、企業にとって中長期での顧客獲得にも繋がる。米国の調査会社First Insightが2019年に実施した「サステナブル消費調査」レポートによると、Z世代の消費者の62%がサステナブルブランドの商品を選択すると回答。既存顧客だけでなく、Z世代や次世代層も含めた新しい顧客を獲得できる。だがヨーロッパ企業は、顧客拡大のさらに先を狙う。製品・ブランドのファンになることから、店舗やオンラインサイトを訪問し、社会課題解決を目指すミッションやメッセージに触れて、共感を醸成。顧客を購買者ではなく、共に社会課題解決を目指す一員としてコミュニケーションする。
Tony’s Chocolonelyでは、児童労働の解決は「全員」のミッションであるとメンバー参加を促す。Gumdropは、子ども向けに廃棄物の問題やCEについて知ってもらうための教育コンテンツやゲームを開発し提供する。Octopus Energyも、契約者用のプラットフォーム内で再生可能エネルギー利用への転換を楽しみながら意識するようなビジュアルデザインや顧客とのコミュニケーションに力を入れているという。顧客獲得後も、消費者・生活者をサステナブルやCEに取り組む共創メンバー、あるいはコミュニティと捉え、その規模が拡大すれば、必然的に、社会全体の意識が向上し、持続可能な社会の実現に貢献することができると考えているのだ。
利益貢献より社会貢献
欧州企業の事例を、日本企業に紹介した際、「事例に見られるデザイン戦略が、どれだけの顧客獲得や収益を上げているのか」と質問を受けたことがある。Tony’s Chocolonelyの事例で言えば、いまやオランダ国内では老舗ブランドを抜いて売上シェア1位のチョコレートブランドに成長している。
ただ同社が目指すのは、売上ではなく、あくまで児童労働という社会問題の解決だ。顧客獲得数や月単位の売上成長などの短期的な数値目標ではなく、ブランドやコミュニケーションデザインを徹底させ、徐々にブランド認知を高めることで、社会全体の意識改革に貢献することを優先している。
ヨーロッパ企業の多くは、大手や新興企業に関係なく、持続可能な社会や循環型社会の実現を企業のビジョン・ミッションに掲げ、経営戦略の中核に据えている。社会課題の解決とビジネスの成長は反比例の関係ではなく、相互関係にあるというマインドだ。サステナブルやCEへの社会全体の意識が向上すれば、新規の顧客獲得、引いてはビジネスの拡大にも繋がる。それ故に、現在は顧客ではない一般の消費者や生活者目線に立ち、彼らが共感し、行動を起こすための、「ワクワクする」ような体験を、いかにブランドや製品のデザインを通して提供できるかを徹底的に考え抜く。
日本企業も、目先の利益や既存顧客への販売戦略にとらわれず、中長期で持続可能な社会に向けた貢献を、企業のビジョンに掲げ、顧客や生活者と共にビジョンを達成するパートナーと捉え直し、生活者とのタッチポイントやコミュニケーションまで含めたブランドのトータルデザインを意識するべきではないだろうか。
【参考文献】
・サーキュラーエコノミー実践ーオランダに探るビジネスモデル(安居 昭博)
・Quick Guide to Sustainable Design Strategies(Leyla Acaroglu, Disrupt Design)
・Quick Guide to the Disruptive Design Method(Leyla Acaroglu, Disrupt Design)
・Circular Economy ReDesign Workshop Toolkit(UnSchool/Disrupt Design)
・THE STATE OF CONSUMER SPENDING: GEN Z SHOPPERS DEMAND SUSTAINABLE RETAIL(First Insight, 2019)
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