廃棄するものがない世界へ。<サーキュラーエコノミーのデザイン>
コロナ禍で在宅勤務が増え、家庭菜園を始めたり、ストレス発散も兼ねて土いじりや農業に挑戦する人が増えている。さらに、これまでは廃棄していたような野菜の切れ端や皮を、家庭で堆肥に戻すコンポストを始めた知り合いも多い。
自ら育て、生ゴミは堆肥化させて土に還し、栄養素の高い土壌でまた野菜を育てる──これこそまさに、廃棄物を出さない小さな循環だ。
世界の中でも特にヨーロッパで先行していた「サーキュラーエコノミー(循環型経済)」という概念が、ようやく日本でもこの2年ほどで、急速に関心が高まってきた。
「ゼロ・ウェイスト」を掲げる徳島県上勝町、音楽プロデューサー小林武史氏が手掛ける循環型の体験フィールド Kurkku Fields(千葉県木更津市)、日本初の量り売り型スーパーマーケット 斗々屋(京都市)など、実践的な取り組みも日本各地で生まれている。
SX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)を目指す上で、欠かせないテーマのひとつであるサーキュラーエコノミー(以下CE)。今回は、CEの基本の考え方から、CEの仕組みをデザインするとはどういうことなのかを考えてきたい。
廃棄するものは、存在しない
サーキュラーエコノミーとは、生態系の中に存在する自然資源や人工物に採用された資源を半永久的に使い続けて循環させることで、廃棄物を出さないという概念。
2015年に欧州委員会が、「Closing the loop - An EU action plan for the Circular Economy」という行動計画の中で提唱したのが最初だが、「廃棄物を出さない」というアプローチ自体は、概念が根付くずっと以前より、自然界や人間の営みの中でも実践されてきた。
循環型経済やシェアリングエコノミーを研究する千葉商科大学の伊藤宏一教授によると、江戸時代の日本社会では、土地や家を共有する長屋の仕組みや汚物を肥料化して農業に活用するなど、循環型のモデルが存在していたという。
サーキュラーエコノミーの概念においては、廃棄するものが存在しない。CEを世界的に推進するエレン・マッカーサー財団は、CEの3原則を以下のように定義する。
そして、この3原則は適切にデザインすることによって実現できるとしている。
Cradle to Cradle:ゆりかごからゆりかごへ
上記の3原則の根本にあるのが、米国の建築家William Donoughが提唱した「Cradle to Cradle(ゆりかごからゆりかごへ)」という考え方だ。
英国の社会福祉政策のスローガンに使われた「Cradle to Grave(ゆりかごから墓場まで)」をもじって作られた言葉。ゆりかごを資源が存在する地球・自然界と捉え、ゆりかごから生成したものは、ゆりかごに元の状態(あるいは進化させた状態)で還すか、ゆりかごの中で資源として使い続けることを表している。
自然の摂理には適った考え方だ。なぜなら、元来自然界には廃棄物が存在せず、太陽光や空気・水・大地などの自然資源を元手に、土壌の微生物から植物、動物まで互いに連鎖することで生態系を維持しているから。
しかし、現在の大量生産・大量消費社会では、「ゆりかごに戻す」設計が最初から為されておらず、墓場にそのまま大量廃棄するという直線的な構造となっている。
この社会構造から脱却し、CEを実現するためには、ゆりかごから取った資源は何かしらの形で循環させる仕組みを考えないといけない。
バタフライ・ダイアグラム:仕組みづくりへのアプローチ
CEを実現する仕組みには、どのようなものがあるだろうか。
仕組みづくりを考える上で有用なのが、エレン・マッカーサー財団が作成したバタフライ・ダイアグラムだ。
バタフライ・ダイアグラムは、地球の2つの異なるシステムを基に、循環の仕組みを構造化している。図の左側が、バイオスフィア(生物的代謝)と呼ばれる自然界の循環システム、右側がテクノスフィア(技術的代謝)である産業界の循環システムを描く。
バイオスフィアのサイクルでは、再生可能資源の投入・利用から始まり、例えば生分解性の素材を活用することで、使用後も安全に生態系に資源や栄養素として戻すことができる。
テクノスフィアのサイクルでは、人間が作り出す製品を、他者と共有したり修理や再利用(ダウンサイクル・アップサイクル)するという技術的なアプローチを講じることで、廃棄物を出さない設計にしている。
両方の循環の仕組みにおいて重要なのは、「Closing the loop」という点だ。循環の円(loop)が小さければ小さいほど、環境への負荷も低いことを示している。例えば、リサイクルの仕組みでは、その過程で輸送コストやリサイクル工場の建設・稼働が必要であり、廃棄物を出していなくても、CO2を排出することになる。
環境負荷も考慮し、より持続可能で、完全な循環を実現するために、どの仕組みを優先的に採用し、またその効果も検討する上でバタフライ・ダイアグラムは有効的に使える。
実践事例:Kurkku Fields(クルック・フィールズ)
とはいえ、実際にCEを実践するとはどういうことなのか。
実践事例として、冒頭でも触れた千葉県木更津市にあるKurkku Fieldsを見てみよう。
Kurkku Fieldsは、農と食とアートが融合する複合施設で、農業体験や教育プログラム、ライブなどを企画開催しており、体験を通じてわたしたちが本質的な豊かさに立ち返り、人と自然が共生するサステナブルな社会を体感できる場所だ。
門を潜れば、都心から1時間半とは思えない程、広大で自然豊かな環境が目の前に広がり、心地よい音楽が流れている。中には、草間彌生のアート作品や子どものプレイグラウンド、宿泊できるタイニーハウス、オーガニックファームやエディブルガーデンなどさまざまな体験ができる施設がある。
面白いのは、それぞれの体験や設備が、循環やサステナブル、Well-beingな取り組みであること。先ほどのバタフライ・ダイアグラムに当てはめてみても、有機農業、太陽光発電、コンポスト、古材の再利用など、生物的サイクルと技術的サイクルの両面で循環型の仕組みを取り入れている。
例えば、農と食という点では、化学肥料を使用せず有機野菜を育て、収穫した野菜を使ったサラダやピザ、また肉もジビエにこだわり施設内の工場で加工処理したソーセージとして提供。レストランでの食べ残しや野菜の切れ端などはコンポストに入れて、肥料として畑に還す。
農業、レストランや工場稼働に必要な電力も、再生可能エネルギーを使用。現在は、ソーラーパネル8,700枚を導入し、Kurkku Fields全体の使用電力の80%を自家発電で賄っている。今後、さらにソーラーパネルを増やし、自家発電100%を目指すとのこと。
自然そのものの再生機能や生態系を上手く活用していることも特徴だ。例えば、バイオジオフィルターは、水辺の環境を整える作用を持つヤナギと微生物の分解機能を活用した自然の濾過装置になっており、排水を浄化して再び川に戻している。ビオトープの仕組みでは、生物多様性の保全を行うことで、施設や地域内の自然環境をより豊かに改善しようと取り組んでいる。
CEをデザインするとは
Kurkku Fieldsが重視している点は3つある。
廃棄物を出さない
地域における循環型の仕組み
CEへの関心度の向上
まず、フィールドから「廃棄物を出さない」ということを徹底している。2点目は、川や土壌、生態系はKurkku Fieldsの中だけで完結するものではなく、地域一帯に繋がっているため、今後より地域住民や農家を巻き込むことで、地域全体で資源を循環させる仕組みづくりに挑戦する。
さらに、CEの社会的な意識向上に対する使命感も強い。お客様に提供するのは、あくまで「おいしい、楽しい、心を豊かにする体験」。その体験を通して、自然とCEに触れ、興味を持ってもらえるようにわかりやすい説明や体験の企画設計を心掛けている。
CEに関心を持ち、自分ごと化され、小さな取り組みから関わってもらえるようになれば、地域や社会全体でCEの取り組みを増やすことができる。実現したい世界観や社会のビジョンを持ち、裏では循環型の仕組みを整えながら、場としてはCEを知らない人でも楽しめる体験を提供する。
CEを実現するには、「廃棄物を出さない」という基本の考え方と、それを地球環境や生物多様性に負担をかけずに実装する仕組みやビジネスモデルを、企画の段階から慎重にデザインする必要がある。
ただ、その仕組み自体も持続的にまわらなければ意味がない。そのためには、提供する製品やサービスにおいて、人に対しても物理的・心理的な負担なく受け入れられる顧客体験やUX、伝えるメッセージも同時にデザインされていることが理想だ。
サーキュラーエコノミーを実践するには、こうしたトータルデザインが必要となるのではないだろうか。
【参考文献】
・The butterfly diagram: visualising the circular economy(Ellen Macarthur Foundation)
・Cradle to Cradle: Remaking the Way We Make Things(William McDonough)
・サーキュラー・エコノミー: 企業がやるべきSDGs実践の書(中石 知良)
・サーキュラーエコノミー実践ーオランダに探るビジネスモデル(安居 昭博)
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