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幼児決断、手強かった!

「幼児決断」という言葉、お聞きになったことありますか?この言葉に出会った時、「そーそー!私これだわ!」と嬉しくなったので備忘録。

子どもという生き物は、幼児の時から、親または養育者、信頼できると認めている大人たちから無意識にたくさんの言葉のメッセージを受け取っています。

親子間での会話、大勢の大人たちの集まり、コミュニティーで幼い子どもに向かって交わされる言葉(漏れ聞こえることも含めて会話に含みます)。
例えば、「あいちゃんは両親に似ているから〇〇ね」「あいちゃんは〇〇が好きなんだね」「あいちゃんは〇〇に向いてるわぁ」のような好意のメッセージ。
もしくは「あいちゃんは〇〇だから無理よ」「あいちゃんは〇〇だからできない」「あいちゃんは〇〇なんだねぇ」など、少し緊張を伴うようなメッセージ。
想像つきませんか?
大人の顔色を伺う子だけではなくて、全員が無意識に受け取れるというところがポイントです。

なんと、幼き子どもたちはこれらの言葉を聞いて「私は〇〇なんだ!」と「人はこのようなものだ」「こうやって生きていく」という生きる方針を決めてしまう瞬間があるのです。この決断のことを「幼児決断」と言います。

幼児がする決断なんて…wと思いましたか?私は散々決断しまくっておいて、その瞬間は幼児が?と思いましたw
そう、侮るなかれですよ。
この幼児決断は、幼児は自分が見えている世界で必死に上手く生き残るために覚悟をした決断なんです。その子の性格自体を変えてしまうような行動パターンや、思考パターンがそこで決まるのです。
初めてこの言葉に出会った時は驚きましたが、納得しかなかったです。

しかも、困ったことに大人になっても幼児決断による思考パターンや行動パターンに従っている人はとても多いということなんです。
あたかも自分の性格や資質だと思っている人が多いということ。

「私〇〇苦手なの」「私〇〇許せないの」「私〇〇向いてないの」
それ、いつ誰が決めたのでしょうか。
それらをすると周りの人たちがいい顔をした時、しなかった時に、空気を読んだ幼児期の皆さんが同調し「私は〇〇なんだ」と設定したものだとすればどうでしょう。
気がつかなければ一生の設定となるのです。

最大の難所は、あまりにも幼い頃から持っていた当たり前の感覚やマイルールすぎて、その設定こそが自分だと思い込んでいるのです。
この幼児決断でした設定は、自らの気づき(セラピーやカウンセリングで気づく方が多いようです)で設定解除できます。さらに再設定も。

相手に抱くイメージ、伝えたい思い、褒めることも叱ることも、これらは言葉に変換されます。
ある程度精神的な鍛錬をお済みの方には、周囲からのお言葉は言葉として受け取られると思いますが、幼児にはまだ選別することが難しいことが多いようです。

口に戸は立てられないと言いますが、言葉を自らの口から紡ぐ時に責任を持って話したいと更に強く思った時でもありました。
相手が大人だろうが、子どもだろうが、幼児だろうが関係ない。
言葉はギフトにもなるし、武器にもなるし、呪いにもなるのだと。
私の主観を決めつけるような言葉にならないように、更に気をつけたいと思った瞬間でした。

私はこの言葉に出会ってから、幼き頃に決断してきたことを解除し許すことを進め、自由奔放なNew愛(本来の私に近づいていると思います!)として楽しんでいます♪


本日はここまで

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