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【小説】醜いあひるの子 22話

※聖也視点。高校生の夜間徘徊行為がありますが推奨するものではありません。


普通、春休みってそんなに課題無くね?!と課題に追われる日々を過ごし、外に出る事さえ儘ならなかった。
友達にメールすれば、うちは多いのが有名だからな、と返って来た時は泣きたくなった。
智風はこれを熟し、(1度だけ2位に下がったらしいが)首位もキープしている。
素晴らしい、の一言だ。
課題のご褒美か、新年度、登校すると智風と同じ組と分かり、ガッツポーズした。
隣にいた子に迷惑そうな顔をされたけど、気にしない。

ガキの様にドキドキと胸を高鳴らせて教室を覗くと、居た。
智風は何時も居るあの子、子ザルみたいな子と楽しそうに談話してる。
…しかし、何故あの2人も一緒に居るのだろうか。
奇妙な組み合わせに首を傾げた。
女食いの鮎川匠馬に、政治家の息子、大河原陵。
お前等2人は不要だろう。
女に不自由して無いだろうが!智風を毒牙にかけんじゃねーぞ!
心の中で叫び倒し、一呼吸置いてドアを開けた。
一瞬、4人が止まった様に見えたのは気のせいか?
とりあえず挨拶をして、智風の側に。
紹介して貰い、「「「どうも」」」と声がハモってしまい、社交辞令として苦笑いを返せば、鮎川は露骨に嫌な顔をしてくれた。
何だコイツ。
以前、聞き忘れた携帯番号を聞こうと思い携帯を出すと、鮎川の目が細まった様に感じた。
智風の事を親しげに「ちー」と呼ぶと自ら番号を教えると言い、俺に液晶を見せて来た。
その時、一瞬見えた待ち受け。
綺麗な着物を着た女とツーショット。
一瞬だったが、綺麗な人なんだろうな、とそんな印象が残った。
確か年上の彼女が居る、と言ってたか。
モテるからって、先程の馴れ馴れしさは鼻に付く。
その代り、波瀬辺と大河原は友好的で、話しやすい。
智風の事を「あひる」と呼ぶのは何か意味があるのだろうか、など考えていると、彼女が下を向いているのに気づいた。
細くて長い指が何かしており、気になり覗き見すると、メールを返していた。
すぐ返してしまったらしく、メールボックスを閉じた途端に現れた待ち受けに、俺は釘づけになる。
智風の待ち受けと、鮎川の待ち受けが一緒、というのは何故なんだ?

それから自分の席にどう戻ったか覚えていない。
授業中、ずっと考えていたのはその事だけで。
…もしかすると、鮎川の彼女と智風が友達で、気に入っているから待ち受けにしてるとか?
他の人なら考えられないが、彼女ならありうる。
だが、智風が鮎川の事が好きだったら?
…あの着物の女性が、智風だったら?
ありえない。ありえない。
友達が今迄出来なかった彼女が、こんな女はヤリ捨てする様な男(と聞いた)に気を許す訳、あるはずがない。
未だに顔を隠して、オドオドしている箱入り娘の大和撫子だぞ?
そう考えが纏まると、俺は大きくため息を吐き、横目で智風を見た。

休み時間智風の側から離れず、なるべく鮎川に近づけ無い様にすると、鮎川の視線がキツイように感じるのは気のせいだろうか。
それは直ぐに気のせいで無い事を知らされる。

昼休み。天気のいい日は屋上で食べるというので、俺も同席させて貰った。
波瀬辺と智風がトイレに立ち、大河原が先生に呼び出され、鮎川と2人っきりに。
不意に鮎川が智風の携帯を触りだし、思わずそれを制止しようと手を伸ばした。

「おい、人の携帯触ってんじゃねーよ」

「…。ちーには了解得てる」

「そ、それでも、本人が居ない時に見るのはよくねーだろ」

キッと睨みつけるが、鮎川はちらり、と俺を見ただけで何事も無かった様にまた、携帯を触り出した。

「お前、智風ちゃんに馴れ馴れしい」

「死に物狂いで勉強して、智風を追っかけて来たのに、ボクみたいなのが側に居て焦ってるの?」

ふっと鼻で笑われ、頭に血が昇る。

「何で知ってんだ、」

怒鳴り付けそうな俺に、妙に冷静な鮎川。
いやに冷静で、余裕がある様な態度がいちいち癪に障る。

「さて、何故一緒なんでしょう」

その問いかけに2人の待ち受けを思い出す。

「何でお前等、一緒の待ち受け、」

智風の携帯を再度、取り返そうと腕を伸ばし掛けた処で、智風と子ザルの声が聞こえ慌てて振り返った。
そして、耳元に届いた地を這う様な声。

「智風はボクのだから」

背中を突き刺す視線に、躰が動けなくなった。
手を出したら殺す、とでも言いたげな。

「あぁ、手袋買う時、智風に付いて行ってくれてありがとう。あれ、ボクと智風のなんだ。でも、ストラップは余計。捨てさせて貰った」

ぞくり、と背筋からあの嫌な感触がわき出し、冷や汗を掻いていた。

「お帰り。携帯に仕事の内容入れておいたからね」

「ありがとう。今預かってる分は今日中には終わらせるから」

「じゃ、ボク先に戻るから、ゆっくりしといで」

保護者の様な言い方をして鮎川は校内へと入って行った。

「智風ちゃん、仕事って…?」

「あ、あのね、彼のお母さんの塾でバイトさせて貰ってて」

無垢な顔で微笑まれ、苦笑いを返す事しか出来なかった。
鮎川が言った言葉が気になり、放課後、日誌を職員室に持って行った智風を待つ為、教室に残っていた。
本人に鮎川との関係をはっきりと聞いておきたかった。

しかし、彼女が教室を出てから5分程経った頃、異変に気付く。
見れば智風のカバンが見当たらない。カバンは持って出なかったのに。
慌ててカバンを持ち、教室を出て職員室に向かう。
まだ、担任と話している可能性だってある。
階段の踊り場まで来た時、1階の廊下を長い黒髪がふわりと通り過ぎて行くのが見えた。といっても引き摺られているというか。
音を立てずに降り切るとその髪を追ったが、見失った様で長い廊下を見渡しても人の気配が無い。
そんなに遠くに行けるはずないのだが。
 
仕方なく戻ろうとして、音楽室に上がって行く階段の奥に図書室がある事に気づいた。
こんな奥ばった処に図書館があったのか、と驚いていると電気が点き人が居る事を知らせる。
多分、図書館アソコに入って行ったのだろう。
急いで入った様で、少し、ドアが開いて光が漏れている。
そっと近づくと聞こえてきた声は、やはり智風だった。
中を覗けば智風の後姿。…と、男子の制服。
ズボンだけが見える程度だが、その足の長さで鮎川だと分かってしまう。
何を話ているんだ、と聞き耳を立てていると「そ、そんな事、無い!嬉しい!ありがとう!」と智風が急に嬉しそうな声を張り上げた。
そして、楽しそうに2人で手を動かし始め、智風がライトに向かって携帯を掲げる。
その携帯に付いているストラップがライトに反射した。
すると鮎川が「ほら、ボクのとお揃い」と聞いた事の無い優しい声を出し、今度は甘えた声で「ね〜、ご褒美下さい!」と。
信じられない事に、広げた腕の中へ迷いなく飛び込んで行く智風が、両手で鮎川の頬を包むとリップ音響かせるキスをした。
急に甘い雰囲気になり、鮎川の腕が智風の躰を抱きとめ、その行為が深くなる。
ん、ん、と鼻から抜ける甘い声と舌を絡める音までが聞こえて来て、俺はその場を逃げ出した。
本当は、あの中に入って行き、怒鳴りつけてやるはずだったのに…。
俺のストラップは捨てても、鮎川のストラップは嬉しそうに着けるのか。
それに…。
悔しさの余り唇を噛み締め、兄のアパートまで走って帰っていた。

寝不足のまま学校に行けば、普段通りの2人に余計、苛々が募った。
バレンタインの時に聞いた“年上の彼女”は、智風、ということか。
智風だと言えば、俺の時みたいに標的にされかねないから。
そうか、俺は用無しだって事か…。
仮病を使って保健室に行き、1時間だけ仮眠を取らせて貰う事に。
失恋ていうのは、かなり堪えるもんだな。
それに、あの鮎川なら、すぐに別れるって可能性もあるし。

…そうだ、別れさせればいいのだ。

俺は失恋なんてしてない。
恋は諦めた時が失恋なんだ。
目を瞑れば直ぐに夢の中へ引きずり込まれた。



月末、前の学校の友人が遊びに出てくる事になっており、俺は着替えるとアパートを飛び出した。
久し振りに会う友人とゲーセン行って、カラオケ行って。
一応、有名進学校の生徒。
補導なんかされれば面倒な事になるのと、兄貴にも迷惑を掛ける事にもなるので、早めに切り上げる事にした。

友人が予約を入れているビジネスホテルに向かう途中、友人のひとりがアイツすっげーカッコいいな、と発した言葉に顔を上げると、遠目でも分かる長身のイケメンがスーツ着て少し前を通り過ぎて行った。
確かにカッコいいな、と思ったが再度、顔を見た俺はそいつに釘付けになった。
…鮎川匠馬。
後、30分もすれば日付が変わる、という時間に、スーツ着て何をしているのだろう。
その上、オールバックで黒縁メガネって。
ホストのバイトでもしてるのか、鮎川の周りには金持ちそうなセレブを3人程連れている。
俺は何か使える弱みが見つからないか、と足を止めた。
友人には急用が出来たから、と明日の昼から会う約束をして別れ、物陰から鮎川を監視する。
楽しそうに談笑している処に、セレブ達専用であろう自家用車がハザードを焚いて奴等の前に停まった。
鮎川が車の後部座席のドアを開けると、ひとり乗り、何か言葉を交わし、深々と頭を下げる。

それを3回繰り返し、鮎川はひとりになると大きくため息を吐き、ポケットからスマホとタブレットを出し、一粒口に含むとスマホを耳に押し当てた。
智風とお揃いと言うストラップがやけに輝いて見える。
チッ、と舌打ちした時、鮎川の腕に華奢な女性が抱き付くと、鮎川はスマホをポケットに入れ、歩き出した。

電話の相手はあの女?こんな時間にどこ行くんだ?って、そっち曲がったらラブホ街だろ!?え?
では、智風は…?

殴り倒したい衝動に駆られ、猛ダッシュで追いかけるが角を曲がった先に誰も居らず。
一番近い場所にでも入ったのか。
暫く入るか入らないか格闘したが、流石にひとりでこの中に乗り込む勇気は無く、地団太を踏んだ。

学校で問い詰めてもいいが、証拠が無い。
知らぬ存ぜぬ、で白を切られるに決まっている。
証拠さえあれば、と歯がゆさに唇を噛み締め、来た道を戻る事にした。
二股?鮎川だったら当たり前かもしれないが、智風の気持ちはどうなる。
智風はボクのモノだから、と言うのは、智風はボクの玩具・・だから、と言う意味なのか。
ふざけるな、彼女は玩具なんかじゃない!
怒りでその場に有った看板を蹴り飛ばしていた。
明日、智風に会いに行き、鮎川の本性をばらしてやる。

すると、ピピッとスマホが鳴り、終電間近なのを知らせ、俺は慌てて駅に向かったが、タイミング悪く人にぶつかってしまった。
相手は悲鳴を上げながら、アスファルトの上に倒れ込み、慌てて手を出し相手を引き上げる。

「す、すみません!」

その相手は鮎川の腕に抱き付いた女だった。
驚きの余り、目を見開いていると

「いたた…、こっちこそ、ごめんなさいっ、ふッ…うっ…」

わんわん大声で泣き始められ、俺は終電に乗り遅れてしまった。



「ごめんなさいね。私のせいで」

泣き止んだ女性と行く場所も無く、渋々、24時間営業のファミレスに入る事にした。
終電に乗り遅れた事を知った女性はお詫びに奢る、と。
遊んで腹も減っていたので遠慮無しに注文させて貰う事にした。

「ご注文は以上ですね」

店員が頭を下げその場を去ると、俺は身を乗り出して女性に問い掛けた。

「なぁ、さっきさ、鮎川の腕に抱き付いた人だろ?」

「え?匠馬を知っているの?もしかして、同級生?」

「あぁ。クラスメイトでさ。…えっと、お姉さんは鮎川の、」

「婚約者なの」

「え…?」

婚約者?この年で?
急に面白くなり、俺は口角が上がるのを止めれずにいた。

「あのね、ちょっとだけ、愚痴っていい?」

すると、ハンカチで涙を拭いた彼女はずいっと身を乗り出し、話し始めた。


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