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【小説】醜いあひるの子 15話

「知ってた?貞子が波瀬辺さんに友達になろうって言われたの、あれって担任にお願いされたんだって」

「来週からグループ勉、始まるから?」

「そ。何処にも入れて貰えないから担任が波瀬辺さんに頼んだって。“声掛けてやってくれ”って」

「ガキじゃあるまいし。あんな奴、放っておけばいいのに」

「波瀬辺さんて除け者を放っておけないタイプっぽいじゃん?」

「ま、先生も上手い事、押し付けたわよね。私なら断る。絶対!」

「アタシもやだ~!勘弁!!」

「あ、鮎川君も大河原君も彼女の幼馴染だから断れなかったって聞いた!」

「何それ!貞子のお守押し付けられたって訳?うわ~!鮎川君たち可哀想!」

「誰かあの二人を助けてあげて~!穢れちゃう~!」

「鮎川くん、めっちゃ優し過ぎるよ。幼馴染に頼まれても貞子の弁当なんて持てないって!」

「祟られないか、心配〜!」

「つーか、あの髪どうにかなんないのかね。気持ち悪いったりゃありゃしない」

「あれだけ勉強出来るんなら学校来なくていいのに」

「あはは!ひど~い(笑)」

「酷いとか思っても無いくせに~!」

「え~?ばれた~?」

「あ、何で顔隠してるか聞いた?超ブスなんだって」

「「マジで!?」」

「救いようね~な~!」

「でも、これで莫迦だったら本当に救いようが無いって!」

「ま、貞子が学校来なくなっても誰も困んないのにね」

「死んでも葬式とか誰も来ないでしょ!」

「「「言えてる~~~!!!」」」

「ちょっと、チャイム鳴るよ~。急ご~」

女子トイレは女達の本性が見える場所。
大笑いをしながら彼女達がトイレから出て行くと、2つのドアが開き、智風とひまわりは洗面台の方へ向かう。

「勝手な憶測で話膨らませよって、ガキが!気にすんなや、智風。高校生にもなってみっともな!」

無言のまま手を洗う智風に、苛々しながらひまわりは話掛けた。
しかし、智風は首を傾げて

「え?何か気にするような事ありました?」

と返事を返す。
その返事にひまわりは納得が出来なかったが

「お前が気にして無いなら良えんやけど…」

苦笑いを返した。

本当の事を言えば、気にならない訳は無い。
だけど、気にしたからといって何が変わる訳でも、言い返せる訳でも、ましてや現状が変わる訳でも無い。
一番いけないのは、内向的な自分である事だと智風がよく分かっている。
ひまわりのように誰にでも立ち向かえる強さを持てない自分が悪いのだ。

朝、智風がこれみよがしに陰口を叩かれているのを聞き、相手に食って掛かろうとしたひまわりは『そんな事しなくていい』と宥められた。
内気で控えめな性格である事も知っているが、ひまわりからすれば言われっ放しなのは癪に障る。
しかし、今迄の事を思うと仕方ないのか、とため息を吐き、頭を切り替えた。

「せやせや。昨日、何で匠馬が来たんが分かったんかって問題出しとったけど、解ったか?」

「そう!それ、ずっと悩んでたんです。メールでも電話したんでもないんですよね?…何なんだろう…」

「ギブか?」

智風が悩んでいるのが嬉しいのか、ひまわりは楽しそうに二カッと笑う。
その顔が可愛く、智風は思わず笑ってしまう。

「give upです。教えて下さい」

「しゃーないなー。匠馬アイツ左足の踵を擦って歩く癖があるんや。今度靴を良く見とき。左足の踵だけ擦り減っとるから」

「気付かなかった!」

「歩くテンポとかな、人其々あるからな。車のエンジン音でも其々ちゃうやろ?それと同じや」

「面白そう!ちょっと観察してみます!」

楽しい物を見つけた子どもの様に声を弾ませた智風に、ひまわりは安堵し彼女の手を取ると

「さ、教室戻るで!」

トイレのドアを開け、走って教室に戻った。



金曜、学校の帰り、採点バイトをする為、匠馬の家に寄った智風は着くなり荷物の様に担がれて部屋に運ばれ、そして、たっぷりとベッドの上で運動を。
心地好い疲労感に包まれ、欠伸が出てしまう。
腕枕をした匠馬が智風の長い髪で遊んでいる。

「24日学校から帰ってから26日まで空けてて」

智風はその日が何曜日か、と頭の中のカレンダーを捲った。
金・土・日か。

「…何かあるの?」

「25日、ボクの誕生日なんだよね」

「え!?そうなの?…あ、」

「気付いた?数字引っ繰り返したら521。ちーは5月21日が誕生日」

くすり、と笑って『これって偶然なのかな』と匠馬は髪にキスを落とす。

誕生日まで知ってるとは。
しかし、数字を引っ繰り返すとお互いの誕生日になるなんて、と思わず笑みが零れる。

「誕生日プレゼント、何がいい?あ、ケーキ作ってあげようか?」

「えー、マヨネーズ仕立てになりそうだから、遠慮しまーす」

「酷い…」

ぷぅっと頬を膨らませる智風に、匠馬はけらけら笑って抱き締める。

「で、ネズミの王国に行きたいなって思って」

顔を上げれば、楽しそうな匠馬の顔。
こんな自分を連れて回って楽しいのだろうか、と智風は不思議に思う。

「お金の事とか心配しなくていいからさ、行こうよ。……陵とひまわりと紳一さん(ひまわりの旦那)も呼んでるから」

「皆来るの?何か、修学旅行みたい。あたし、修学旅行行ってないから、皆で行けるって、嬉しいな。あ、自分のお金はちゃんと出しますから」

嬉しく“ふふふ”と笑って匠馬の胸にすり寄る。
小学(盲腸で)・中学(父の事件で)・高校(両親の死で)と1回も修学旅行に行けなかった。
行ったとしても、楽しい思い出など出来ないだろうが。
夢の様で智風は胸を高鳴らせた。
そして、プレゼントは何にしよう。
ワクワクする。

「決定。金曜日学校終わったらすぐに出発して向こうに2泊するけど、ちーは何も持って行かなくていいよ。それと、明日から本格的に父さんの店でバイト始めるんだ。でね、バイトの帰りアパートに寄っていい?」

「良いけど、お父さんのお店、忙しいの?」

「ん~バレンタインもあるし忙しくなる時期でもあるんだけど、ちょっと欲しい物があってね。お金貯めようと」

してもらってばかりいるのでお礼兼ねてプレゼントを、と思ったが、匠馬がバイトしてでも欲しい物、という事は智風が簡単に出せる金額で無いだろう。
しかし、聞くだけ聞いてみておこう。

「ね、何が欲しいの?」

「レンジローバー」

「車ですか!」

これは絶対に無理だ!と深いため息を吐いた。
最低金額450万円だ。
すると、躰を半分起こし、匠馬が驚いた顔で智風を見ている。

「よく車だってわかったね」

「トーチ〇ッドで出てて格好良かったから印象に残ってて」

「え!?トーチ〇ッド知ってるの!?ボクもそれ見て欲しくなったんだけどね」

「あたしのお父さんが好きで休みの日は2人で見てたの。ほら、レンジローバーって3タイプあるでしょ?」

「スポーツ5.0 V8。勿論新車で」

「700万円以上しない?」

「正確には750万円。今の状態だとニコニコ現金払い出来ないんだもん」

「え!?現金払い!?」

「借金はしたくないんです。他にも物入りになるから、親に借りる事が無いようにしたいんだよね」

貯金がいくらあるのか、聞いてみたくなる。
そして、匠馬の頭の中はどんな人生設計ができているのか。
それに対し、智風は“この先、自分はどんな人生を送りたいのだろう”と頭の片隅でそんな事を考えていた。

その後は、共通の話題に花が咲き、日付が変わるまで話は尽きなかった。


そして、待ちに待った25日は天気に恵まれ、一日はしゃぎまわり、夜、最上階のスウィートルームに戻ると花火が上がった。
一枚張りの窓ガラス越しに何百発もの花火を匠馬と2人で堪能した。


***
ひまわりが来た事で、智風の学校生活は激変した。
クラスメイトに声を掛けられる訳では無いが、陰口は増えたのは言うまでもない。
が、ひまわりは堂々と味方してくれ、一緒に食事を摂ってくれる。
匠馬も陵も周りを気にする事も無く、普通に接した。
それだけで十分だった。

3学期が始まったあの日、男子生徒に声を掛けられたが、その後、何も接触がなく、智風の頭から彼の存在を忘れ去られていた。

この日、放課後、職員室で担任に呼び止められ、足止めを食らっていた。
壁に立てかけていたパイプ椅子に座る様に促され、“長居したくないのに”と口に出せないまま渋々、椅子に腰かけた。

「塾の事だが、場所が変わった事を年末に聞いたんだ。すまんな、何も知らなくて。一応、俺も探していたんだが、新年会で鮎川の処でバイト始めたって事を校長から聞いてな。それならそれと知らせてくれれば良かったのに。それに、鮎川の処でも引っ込み思案のお前が上手くやっていけてるらしいじゃないか。仕事は正確な上に早いって鮎川の母親がべた褒めで、就職してくれたら良いのにって言っていたそうだぞ。それからお前の話題で持ちきりでな、校長もかなり褒めてたぞ!」

塾の移転の件。
有り難い事に、担任も何処か探していてくれていたのか。

「…ありがとうございます…」

正月、美弥子から校長が兄である事や賭けの詳細を教えて貰った。
美弥子が正月、ひとりで帰省した際に話題をしたのだろう。
どんな褒め方をしたのかは知らないが。
彼女のお気に入りであれば、校長のお気に入りになってもおかしく無い。
有り難い話ではないか。

「…それでな、お前、その、もう一回考え直さないか?」

担任は湯呑みに注がれていたお茶を啜り、智風を見た。
進路調査の用紙を机の上に出され、智風はため息交じりに声を出す。

「…あの、この前にも言いましたが…」

「そうだな。金銭的な事を考えれば進学は難しいかもしれんが、お前の力なら奨学金は心配ない。それに、校長にも話を通せば力になってくれるだろうし、鮎川の塾に就職するって約束で前借するとか、色々手はあると思うぞ。俺だって力かしてやるし、な?」

その言葉に智風は頭を下げた。
これ以上、借りを作りたくない。いや、作れない。
担任は知らないから何でも言えるが、衣食住を完全に面倒見て貰っている状態で、進学の為の資金を貸して欲しいなど、どの口が言えたものか。
見返りも無い人間にそんな大金を出すお人よしなどい居る訳が無い。

高校を卒業してからの就職先も“あわよくば美弥子の塾に”と思っていない訳では無かった。
が、裏方の仕事しか出来ない人間が、今後も必要とされるのか。

そして、担任がこんなにも進学を勧める理由。
進学校で有名な学校ココは、今迄、大学進学率100パーセントを誇っており、どうしても進学させたい、という思惑がある。
その上、智風の学力なら有名大学合格も間違いないだろう。
だが学校の名を売る道具になれ、と言われているようで胸糞が悪い。

「今すぐ決めろって言っている訳じゃない。もう少し冷静になって考えてみろ。な?まだ時間はある」

「…はい…」

蚊の鳴く様な声で返事を返し、椅子から立ち上がった。
椅子を畳み、担任に頭を下げると職員室を後にした。
教室に戻るとひまわりも帰宅しており、無人の室内には智風のカバンが机にポツン、と置かれているだけだった。

スカートのポケットから携帯を取り出すと、メールが2件。
1件はひまわり。

『すまん!坊ちゃんの剣道の練習が予定よりも早く終わってしもうたんで、先に帰るわ。明日は一緒帰ろうな!肉まんの事忘れんといてな!』

意外と律儀なひまわりに思わず、くすっと笑った。
ひまわりとは智風のアパート近くの公園手前で別れる様にしているのだが、その間、買い食いを楽しむ。
智風は今迄、買い食いなどした事がなかったのと、ひまわりも中卒の上、校則が厳しくそんな事が出来る環境ではなかったという。
その為、毎日、何か買っては二人で食べ、ちょっとした至福の時を過ごす。
学校生活を謳歌してると言えよう。

『こっちこそごめんなさい。先生に足止め食らってしまって、今、教室に戻って来ました。肉まん忘れませんよ。明日食べながら帰りましょうね』

メールを打ち込み、もう1件のメールを開く。
匠馬だ。

『今日はエクレアとドーナツどっちが良い?今日の閉店時間19時だから何時もより1時間程早く行くね』

時計に目をやると既に18時近くになっている。
慌てて『ドーナツがいい!』と返信をし、カバンを持つと教室を飛び出した。
が、飛び出した処でドアの向こうに人が居るのに気付かず、思いっきりぶつかってしまった。

「わっ!」

「きゃ、ご、ごごご、ごめんなさい!ごめんなさい!」

カバンを抱きしめ、必死に頭を下げ、智風は謝り続けた。

「そんなに謝らないで。俺もこんな処に突っ立てたのが悪い」

「え…?」

聞いた事のある声に思わず顔を上げれば、例の男子生徒だった。

「前見てないと怪我するから気を付けないと」

「あ…、す、すみません…」

気まずい、といった雰囲気の智風に男子生徒はボリボリと頭を掻きながら、苦笑いを浮かべた。

「あのさぁ、そろそろ気づかない?智風ちゃん。転校するまでずっと一緒だったのに。忘れた?俺の事」

『俺の事』と言われても、誰だか分かない智風は只、首を傾げるしか出来ずにいると『智風ちゃんらしい』と笑い出した。
何故笑われているのかも理解できない智風は、首が取れるのでなないか、という程、首を傾げるしかない。

「幼稚園から一緒だった河野こうの聖也せいや。それでも思い出さない?」

思わぬ自己紹介に智風は大きな目を見開いて、彼を見上げた。

「流石に8年近く会って無かったら分からなくなるか…。仕方ないよな」

「せ、聖也くん?」

「そう。久し振り、智風ちゃん」

爽やかに聖也は笑った。


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