見出し画像

【小説】醜いあひるの子 24話

※性行為をするシーンがありますが、軽めなので※印は付けていません。少し短めです。


ーーー休み明け。
登校拒否も出来ずに学校には行くが、授業も集中できずにぼんやり。
無欲な1日を過ごす事が多くなった。
周りで人が喋っていても耳には入って来ず。
横で心配そうな顔をしたひまわりにも気づかなかった。

匠馬と聖也、2人が視界に入ると無意識に踵を返してしまい、ひまわりを連れ回し、行く所が無くなればトイレに逃げ込んだ。
聖也にはまた同じ事を言われるのが嫌だったし、匠馬には別れを切り出されるのが怖かったから。
それに公園を通らずに遠回りして帰る為、明美にも会っていない。
2人が上手くいくのなら、いい。

避けだして4日目の放課後。
ひまわりは仕事の為、先に下校。
久しぶりに智風はひとりで教室を出た。

真っ青な空を廊下の窓から見上げて大きくため息を吐く。
すると、急に背後から声を掛けられ、思わず身を縮めた。

「ね、どうやったらあんたみたいなのが、相手にされる訳?河野君とも一緒に下校したりしてさ」

振り返れば、あの女生徒が腕組みをして立っていた。
何も言えずに智風は俯く。

「あんたのせいであの人達が何て言われてるか、評判落ちてるか、知ってるの?」

肩を窄める智風を見て、苛々は解消されないのか女生徒はチッ、と舌打ちをする。

「っていうかさ、あんた見てると苛々しちゃうんだけど。…本当、ひとりだと何も喋れないのね!ムカつかせる天才だわ!」

その言葉に思わずその場を逃げ出した。

喋りたい。
言い返してやりたい。
だけど、仕返しが怖くて何も言えない。

ムカついてるのは、自分も一緒。
いや、自分が一番ムカついている。
こんな情けない自分は嫌なのに。

あの日から食欲が無く微熱続きだったせいか、少し走っただけで眩暈に息切れがする。

「はっ、っぁ…」

ぐにゃり、と周りが歪んで慌てて立ち止まれば、そこには床が無い。
危ない、と考えるよりも早く世界が回り、ゆっくりと目の前が赤く染まっていった。

「ちょ、ちょっと!や…やだ!誰か、先生呼んで!救急車も!」

横であの女生徒が何か叫んでる。
意識が飛ぶ前に智風、と匠馬の声が聞こえた様な気がした。






ーーー
「タクマ?」

声が聞こえた、と思い智風が目を開けると、其処は、自分の部屋。
目を瞬かせ、ぐるり、と部屋の中を見渡した。

「あ、れ?あたし…、学校で、走って…」

「走ってたらしいよ?でも、足元はちゃんと見て止まらないとね」

「た、タクマ?」

「頭痛くない?まる1日目を覚まさなかったんだよ?最近ちゃんと寝てたの?隈が出来てるし。それに、少し痩せたでしょ?休み中何食べてたの?お腹は空いて無い?何か作ろうか?」

今迄と変わらない何時もの笑顔。
匠馬がベッドに腰掛けると、ゆっくりと沈む。
そして、頭を撫でられる。
それだけで、期待してしまう自分が居る。

しかし、何故、ここに居るのか。
こんな処に居たら、明美に失礼ではないか。
彼には明美という婚約者が居て、自分は性処理係だ。
彼女にして欲しい、なんて微塵も思っていなかった。
躰の関係だって、居場所と友達をくれたお詫びみたいなもの、なのに。

「階段から落下したって聞いて心臓が止まるかと思った。幸い、おでこを少し切った程度。それに、頭にも異常は無いって」

「…あ、あの…」

ここに来たら駄目だ、と言わなければ。
しかし、言ってしまえば、彼は直ぐに出て行ってしまうだろう。
そんな気持ちとは裏腹に、ほんの少しだけでもいいから側に居て欲しい。
だけど、と迷っていると覆い被さる様に抱き締められた。
それだけで、心臓が跳ね上がる。
期待しては駄目、と言い聞かせるが、『心配した』と震える声に思わず匠馬の首に腕を回していた。

「ごめんね、ごめんね、っ、」

匠馬には迷惑を掛けた事に謝り、そして、明美には今日で終わりにするから、と謝る。

「タクマ、おねがい、抱いて、下さい」

それに返事を返すよりも口を塞いだ方が早いのか。
匠馬の唇が貪る様に口づけされ、下唇を甘く噛む。
不意に合った目に、ずくん、と躰が疼く。
目が合っただけで、子宮が怖いほど疼き、自ら舌をさし出してキスを強請った。

こんなにキスが甘くて、切ないものだとは。
すると、匠馬が唇を放して、無理しない方がいいんじゃない、と心配し躰を放そうとしたが、智風は首を横に振り、おねがい、とだけ呟いた。

この指に何度触れられたのだろうか。
この唇で何度口づけされたのだろうか。
そして、何度生きてて良かった、と思った事だろう。

匠馬のほんの少し低い体温が徐々に上がって行く。
指で触られただけで、はしたないくらい声が出る。

相手は婚約者も居るのに、人として最低だ、と罵られてもいい。
そんな事、どうでも良く思えた。
此処に居てくれることが嬉しかった。
矛盾してる、と言われても、ほんの少しの時間でいいから側にいて欲しい。

ぎしぎしと激しくベッドが揺れる音のなか、匠馬の吐息が混じって聞こえた。
目をゆるゆると開け、入って来た匠馬の顔に、泣きそうになる。
快感に歪む顔。
こんな自分に感じてくれてる事が、嬉しかった。

「た、たく、ま…、キモチ、いい?」

その言葉に驚いた顔をしたが

「目茶苦茶、キモチ、いい…っ」

微笑んでバードキスをしてくれた。
嬉しくて、涙が止まらない。

こんな躰で、お返し出来るのなら。
気持ち良くなって貰えるのであれば、それでいい。
後は、この温もりを覚えさせて欲しく、必死に匠馬にしがみ付いた。

もう何度、意識を飛ばしたか。
飛ばせばすぐに引き戻される。
それさえ、嬉しく感じる。

くっと、匠馬が色っぽい吐息を吐きだ出す。
何もかもが愛おしい。

「すき…」

言っても意味を持たない言葉。
すると、匠馬の躰が急に動かなくなり、大きく目を見開いたが、すぐに困った様に顔を顰めた。

迷惑、という事だ。

告白出来た事に満足し、智風はにっこりと微笑む。
そして、何時の間にか意識を手放していた。





ピザを一緒に食べてって誘ってくれた時、パニックになったんだよ。
メルアド交換した時、天にも昇る気持ちになっただなんて、匠馬には分からないでしょ?
抱き締てくれて、おでこにキスしてくれて、手を繋いで送ってくれて、嬉しかった。
顔見て話したいと言ってくれた時、生きてて良かったって思えた事も知らないでしょ?
sexに興味が無かった訳じゃ無くって、こんな自分を抱いてくれる男なんて居ないと思っていたから。
初めては、鮎川君みたいな素敵な人が良いな、なんて密かに思ってたんだよ?
夢を見させてくれて、ありがとう。
女にしてくれて、ありがとう。
好きって感情を教えてくれてありがとう。








ーーーカチャン…、と何かが床に落ちた音が響き渡った。

目を開ければ、隣に匠馬の姿は無かった。

何時もの様に躰を拭いてくれ、服まで着させてくれている。

本当に優し過ぎて嫌になる、と苦笑いを浮かべた。

躰を起こして台所へ行ったが、やはり匠馬の姿は無い。

靴の代わりにポストから入れられた玄関の鍵がそこに有った。

それを拾いテーブルに置くと、何か物足りなさを感じる。

見渡せば、流しの横に置いてあるマグカップが、匠馬のお気に入りのマグカップが、足りない。

慌てて勉強部屋を開けたが、匠馬の私物は一つも残っていなかった。

必死に笑顔を作って、笑ってみるが、涙しか出て来ない。

匠馬にとって、自分はただの性処理の関係、だったという事だったのに。

勝手に勘違いして、恋してたのは自分なのだ。

恋人でもないのに、こんな関係にはなってはいけなかったのに。

優しい言葉は、手を出してしまったお詫びみたいなもの。

両親にまでお願いして“家族ごっこ”を演じるくらい、後ろめたかったのかもしれない。

大変だっただろうな、こんな女に手を出してしまったばかりに。

処女を貰ってくれただけでも、感謝しなければならない。

ひと時の夢だったんだ、と。

本来の関係に戻りたいだなんて思うのは、都合がいいのだろうか。

関係を終わらせたのは、自分が言ってはいけない一言を言ってしまったから。

“好き”

あんなに優しくされたら勘違いしてしまい、恋せずにはいられなかった。

でも、匠馬には好きという感情なんてもの、初めから無かったのだ。

「確か、1月末から学校に行かなくって良かったんだよね…。それまで、耐えれるかな…。あ…、就職先、とか色々先生に相談しなきゃ…。県外がいいかな…。あたしでも出来る様な仕事なんてあるのかな。…あーあ、戻りたいな、…タクマの家にプリント届けてた、恋も知らないあの時期ときに…」

…もう一度、眠れば気持ちもリセットが出来るかもしれない。

「ベッド、戻ろう…」

少し開いていた脱衣所のドアを締めようとして中を覗けば、洗面台下にあるゴミ箱に目が留まる。



その中には、匠馬が使っていた歯ブラシが捨てられていた。



どくん、と心臓が激しく高鳴り、胸のもっと奥がぎゅっと締め付けられ、視界が歪んだ。



捨てられた歯ブラシが自分の姿と重なる。




智風はその場に倒れ込むと、我を忘れたように声を上げて泣いた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?