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事例小説「ニュージェネが手に入れた港の焼き印」


はじめに

これはアグリプロモーション(https://www.agri-promotion.org/)の取り組み事例小説です。

物語りの舞台は、日本を代表する水産都市である静岡県焼津市。
その地で働く水産加工従事者の若者たちにフォーカスして、地域ブランド創造のストーリーを実話をもとにして描いていきたいと思います。
書き終わるまでどのくらいの時間を要するかわかりません、気長にお付き合いください。

主要な登場人物(これから増えていきます)
〇ニュージェネたち
 佃煮屋「増岡信吉商店」 増岡結、弟)信太、母)信子、祖父)信三 
 鰹節新成屋(しんなりや) 水岡優斗、鈴本瑞樹、森俊介
 なまり節屋「さかなお」4代目 坂口直久
〇ニュージェネを支えるドタバタ役人
 焼津市役所の職員 鈴本和幸(カズ:鈴本瑞樹の兄)
    〃     元木祐介(カズの上司)
〇港の焼き印を紐解くメンバーたち
 静岡ヒューマンサービス 杉本緑(アイディアバンク事業リーダー)
    〃        南田公大(緑の新しい上司)
 甘川次郎(㈱イレブン代表:焼き印の秘密を握る人物) 
 川崎真奈美(食材商社㈱川崎商店の代表:杉本緑の親友)
 皆藤敏明(干し芋小説の主人公カットン)
 尾尻孝弘(クラフトビール屋の店主)


プロローグ

「もう、かんべんしてくれよ。間に合わないよ」
「何言ってんのこの子は、まだ初めて2時間もたってないじゃないの」
「だいたい俺が工場長をやるなんて無理なんだよ。山次(さんじ)さんにやってもらえばいいじゃないか。オジイだってたまに来てくれるんだから、大丈夫だろ」
「信太、なんてこと言うの。こんな時に」
 
静岡県焼津市で約100年続く老舗の佃煮屋『増岡信吉商店』では、年末商戦用の佃煮づくりが山場を迎えていた。取引先の百貨店からの注文生産を始めなければならない状況でもあり、工場内はみなピリピリとしていた。
 
「結が社長をやってくれるんだから、あんたが工場長をやらないでどうするの」
「まあまあ女将さん、信太くんもあれで頑張っているんだから、穏やかに行きましょうよ」
「山次さん、あまり信太を甘やかさないでくださいよ」
 
食文化が変わり、斜陽産業化した佃煮製造現場には、労働者の高齢化が進み、ここ増岡信吉商店では先代が歳早くに病気となったこともあり後継者問題が若い姉弟に重くのしかかっていた。それでも年末は佃煮の注文が大量に発生するので、工場内には活気と怒声が行き交う。
父親の病気が発症してから家の仕事を手伝いはじめ、飲食業界での仕事と佃煮づくりを兼業してきた増岡信太は、繁忙期になる前に工場長就任を姉の増岡結から言い渡され、飲食の仕事は辞めていた。
結は、信太が工場長になる2ヵ月前に、信子の反対を押し切って自分が社長をやると申し出た。炬燵に座ってお茶をすすっていた祖父の信三は何も言わずにニコニコ笑っているだけだった。
 
「信ちゃん、信ちゃん」結の呼びかけを無視する信太。
「信太、信太ッ‼ わたしたちがやらないで、他の誰がッやるの」
姉の激高に一瞬怯んだが、そのおかげか信太の本音が爆発した。
 
「ここには何があるんだ。つくだ煮屋には未来があるのか? 俺には夢も希望も見つけられない。何にもないんだよお」
 
「信ちゃん」

 ・

「そうですか、信太くんがそんなことを」
「真奈美ちゃん、なんかゴメンね」
「いえいえ、信子さん、私には何も言えないですが、とっても大事なことだと思いますよ。佃煮屋の未来ね。なんかこっちも身につまされます」
「そういえば真奈美ちゃん、松竹百貨店の古庭さんからの引き合いのお年賀用の注文ありがとうね。ほんと、あなたは地元の人たちのことを気にかけていてくれておばさん嬉しいわ」
「いえいえ、商社の仕事の一環ですから。それにしても、なんか気になっちゃうなあ、結ちゃんにも話を聞いてみようかな。ね、信子さん、そうしてみます」

数日後
焼津のクラフトビール屋『OHINBULL』の店先に立つ結。
以前から気になっていた店だが、なかなか機会に恵まれずにいた。初めて訪れる店の様子を伺う結は、目当ての相手がカウンターにいるのを見つけた。
「真奈美さん、お待たせしました」
「おおお、結ちゃん、Welcome~~~」
いきなりハイテンションの歓迎に尻込みするが、真奈美の右手には見たことのない大きさのビールジョッキが見えた。そういう事か。

「真奈美さん、今日は時間を取ってもらってありがとうございます」
「イエーイ。まあ、飲もう。 店主、こちら佃煮屋の増岡結ちゃん。7番のビールを追加でお願いね」
「はいよ」
店主の尾尻孝弘は、気さくな男で話しかけながらビールを注ぐ。居心地も良く、黒板にホワイトチョークで書かれた銘柄は、店主こだわりのラインナップなのだろうか。

「さあ、乾杯しよ」「お願いしまーす」キンッ、ゴクッゴクゴク、ウマッ  
「どう、落ち着いた」
「はい、落ち着きました。改めて、今日は、お誘いいただきありがとうございます」

「いいのよ、そんなにかしこまらないでよ。なんか硬いなあ、明るく行こうよ、イエーイ」
結は、今この場で真奈美に相談するべきかどうか迷ったが、とりあえずは、これ以上彼女が酔う前に少しだけ自分の想いを話しておこうと思った。
「ああっあの、真奈美さん、ちょっと相談があって」
「信太くんのことでしょ。信子さんから聞いたよ。いいよ、結ちゃんの気持ちを話してみて。わたし酔っぱらって忘れてしまうかもしれないけどね」
真奈美はビールジョッキから手を放さずに、結を見つめた。

増岡結には夢があった。というよりも、夢を抱くようになってきた。
大好きな祖父の信三が守り抜いて来た増岡信吉商店の佃煮の味と創業時から受け継がれてきた手作りの製法を次の世代に繋ぐこと。
わかる、それは四代目の責任として成し遂げなければならない。
でも世の中は変化している。
佃煮を食べる文化が変わってきている、食べる人が減少してきているのに、ベテラン従業員や職人たちは頑固に変化を受け入れない。わたしの考えを容易に受けれてくれない。
それは、増岡信吉商店の味と技術を守るためなんだろう。
わかる、わかる、あーーーでも、
でも、わたしは。佃煮を今風にお洒落に進化させた商品づくりもやってみたい、可愛いギフトもやりたい、SNSでバズらせるような取り組みもやってみたい。新しいことにチャレンジもしたい。

結は、思いの全てを真奈美にぶつけた。

「あれ、信太くんのことではないの。ていうか、結ちゃんも信太くんも悩みもがいていたんだ」真奈美は、まだ正気である。
「はい、そうなんです。信太から本音を聞かされてハッとしたんです。あの子も信三爺ちゃんが大好きだから、工場を守るためにやってくれているんだけど、同じように悩み苦しんでいたんだと。もしかしたら、わたしが迷っているから、あの子をあんなに苦しませていたのかもしれません」

食品商社の営業責任者である真奈美にとって、結からの相談は商社の人間として、地元焼津の人間として身につまされる思いであった。
しかし、結の話を聞きながらも追加のビールは忘れてはいない。
そして、なんだか無性に腹が立ってきた。

だんだん真奈美が酔い始める。
「真奈美さん大丈夫ですか」
真奈美の酔いが進むと同時に、地元への思いが爆発する。

「だいたいね、焼津のわけ―やつらはどうしたんだ。みんなどこに行ったんだ。地元愛がないのか」
「真奈美さん、ちょっとペースダウンしてくださいね」店主は心配になり声を掛けた。
「うるさいなあ、店主、この結ちゃんはね、若いのに100年続く佃煮屋を継いだんだよ。偉いんだよ。それでも悩みもがいているんだよ。私らが応援しないで誰がやるんだよ」


離れた席で、鈴本和幸が賑やかなグループには入らずにひとり飲んでいた。
一際声が大きい席が気になり、目を向けると憤怒の表情でビールジョッキを握る川崎真奈美と目が合った。
「ああん、カズさん、来てたんだ」
「ああ、真奈美さんどうも、軽く飲んで帰ろうかなと思って少し前に来ました」
「結ちゃん、あの人市役所の鈴本さん、みんなカズさんと呼んでいるの」
「増岡さんですよね。前に一度、商工会議所のセミナーでお会いしてます」
「どうも、増岡信吉商店の増岡結と申します。よろしくお願いします」
「ところで、カズさん、焼津の若者たちはどこにいっちゃったの。役所の人間として、この状況をどう考えているの、なんとかしないと、このままでは焼津の産業がなくなっちゃうよ」
そしてカズは、酔いが進む真奈美に絡まれ続け、軽く飲んで帰るわけには行かなくなった。

第一章

「杉本さん、新規事業のアイディアはどう? 」
「どう? と言われても、はいどうぞと言って出せるものではないですよ」

静岡ヒューマンサービスの南田公大(みなみだきみひろ)は、2022年1月に創設された新規事業開発室の初代室長を務めている。
開発室創設時には、同社の教育事業部からアイディアバンク事業が移設され、主担当であった杉本緑(すぎもとみどり)も同部門に移動してきた。

「ねえねえ、アイディアバンクになんか良いネタ無いの? 」

緑は、南田のこの軽さが好きではなかった。
南田は5歳年上の37歳。コロナ禍により地域産業が窮地に追いやられた時に、行政サポート案件に注力して会社の窮地を救った立役者として上層部からも覚え愛でたく、Withコロナとなる時代に会社を導くことを期待され新規事業開発室の室長に抜擢された。
南田の役員向け所信表明は凄かった。正直尊敬もできた。

2022年1月某日
静岡ヒューマンサービス第8会議室において、室長に任命された南田は、投影されるパワーポイントの折れ線グラフにポインターを当てながら、流暢に話をする。

「日本の世界での競争力ランキングは、30年前の1位から2021年には31位にまで下がっています。
そして、第4次産業革命が進む世の中で、日本の製造業の力が衰えている今、技術力と言うよりもこれまでのノウハウの伝承が途切れてしまっている感じさえもします。かつてのリーマンショックの時に、大手企業の大リストラの影響で、残った若手社員へのノウハウ伝承が十分になされず、組織としての課題解決能力が低下してしまったとも感じ取れます」

一呼吸をおき、役員の反応を見ながら次に進む。 

「経済産業省の未来人材ビジョンには、
【新たな未来を牽引する人材が求められる。それは、好きなことにのめり込んで豊かな発想や専門性を身に付け、多様な他者と協働しながら、新たな価値やビジョンを創造し、社会課題や生活課題に『新しい解』を生み出せる人材である。そうした人材は、『育てられる』のではなく、ある一定の環境の中で『自ら育つ』という視点が重要となる】と記されています」

会場の緑と目を合わせ軽く頷きながらつづける。
 
「そして、【次の社会を形づくる若い世代に対しては、
・常識や前提にとらわれず、ゼロからイチを生み出す能力
・夢中を手放さず一つのことを掘り下げていく姿勢
・グローバルな社会課題を解決する意欲
・多様性を受容し他者と協働する能力
といった、根源的な意識・行動面に至る能力や姿勢が求められる】と謳っております。
これらの背景から、静岡ヒューマンサービスは、未来人材育成を視野にいれた新規事業を展開するべき時だと確信しています」
 
あの時の南田の所信表明には、会社の未来を見据えたビジョンと具体的戦略やアイディアがきっとあるのだろうと思わせる熱量を感じられた。
あの時は。

杉本緑は、2018年の1月に飲食業界向けの広告代理店から転職してきた。転職して早々に当時の事業部長である山崎から新規事業立上げメンバーに任命されて、半年後にアイディアバンクのサービスをスタートさせることとなり、人材ビジネス業界でも注目の事業として、業界誌にも取り上げられたこともある。
アイディアバンクとは、公募したアイディアと企業等のビジネス上の困りごとや課題をマッチングして、問題解決に導くサービスのことをである。
ここでのアイディアとは、日々の生活や仕事、もしくは遊びをする中で【気になったこと】そしてそれに基づく【妄想】などと捉えている。
問題意識や起業意識が高い人は、アイディアをビジネスにつなげることができる。しかし、多くの人はそうはいかない。
思い付きレベルのアイディアは、埋もれてしまうか記憶から捨てられてしまい、世に出ることなく埋没してしまうことが多いと思われる。
まずは、これらの埋没してしまうアイディアを、ICTとIoTを活用して集めデータベース化する。次に、それぞれのアイディアをビジネスイメージとして目に見える形にする。そのビジネスイメージを欲する企業や個人などとのマッチングをするのが、この事業の骨格である。
これにより、アイディアを公募する会社、つまり静岡ヒューマンサービスに様々なアイディアが蓄積され、アイディアを持った人材の発掘にもつながり、見える化したビジネスイメージに請負事業のプランや人材紹介、人材派遣などのリソースを付けたビジネスモデルプランの仕組みの提案につながっていく可能性がある。
結果として社内のコンサルティングノウハウの蓄積にもなる。
緑が以前のチームで考えたこのサービスで最も重要な要素は、若者たちがワクワクできる『夢溢れる世の中になること』のコンセプトを大事にすることとで、とても思い入れのある事業である。
 
プレゼンは上手い、人を惹きつける魅力もある。そして南田の所信表明からは、緑が強く思う若者たちへのサポート意識がうかがえた。

だけど、普段の南田はチャラくて、なにかとイラつくことが多い。
そして、良いことを言ってはいるけど、自分で考え行動しないところが腹立たしい。
 
「緑ちゃん、顔が怖いよ。なんか今日も荒れているね」
南田に対しての憎悪が顔に出ていたのか、なぜか足が向いてしまった焼津のクラフトビール屋『OHINBULL』のカウンター奥に腰掛け、アルコール度数10%の強めのビールを流し込むさまをみた店主が声をかけてきた。
 
「店主、ちょっとほっといて」
「ああ、こわこわ」
 
しばらくすると聞きなれた賑やかな声が聞こえてきた。
 
「緑ちゃん、久しぶりだね。どうしたの、顔が引きつっているよ」
 
「あ、真奈美さん。聞いてよもう。南田のやつ、あいつ、やっぱりキライだわ」

書籍情報

以下のホームページでkindle本や印刷本の紹介をしています。
農業関連の小説風の事例紹介です。
https://www.agri-promotion.org/book-achievements/

事例小説集「谷川哲夫の視線」は、Amazonペーパーバック(印刷本)とkindle出版でお求めいただけます。

 

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