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能登町の野菜農家 ハルサさんにとっての能登半島地震

こんにちは!
農家さんや漁師さんのこだわりの食材を、直接お取り寄せできるオンラインファーマーズマーケット「食べチョク」のサクセス&オペレーションチームのしょーごーーんです!食べチョクでは生産者さんの売上向上やお客様向けのCSのほか、災害時に生産者さんをサポートする「生産者非常事態サポート室」も担当しております。

このnoteは2024年5月末に3泊4日で能登に行った記録の2本目です。1本目のnoteでは私がボランティアに行って感じた実情を書いていますので、ぜひ読んでみてください!


意外と少ない能登半島の「現在の様子」の写真

ボランティアに行こうかと検討している時に感じたのが、Xなどで検索しても意外と被災地ボランティアの実態や能登半島、珠洲市の現状に関するポストは少ないということ。ボランティアに参加してみると、それはボランティア中の写真撮影が禁止されていることや、ボランティアで行ったとしても現場とボランティアセンターのピストンになりほとんど市内を見ることができないことなどが理由になっているとわかりました。

この後編では、2024年5月末時点での珠洲市の現状を食べチョク登録生産者であるハルサさんの坂本農場長に焦点を当てながらお伝えできればと思います。写真をたくさん交えながら、坂本農場長と一緒に見てきた珠洲市をお伝えできればと思います。

今回の訪問は、珠洲市のお隣、能登町に畑を持つ食べチョク登録生産者さんであるハルサさんに全面協力してもらい実現しました。ハルサさんは能登町でじゃがいもやかぼちゃなどのお野菜を育てている生産者さんです。
今回最もお世話になったのはハルサの農場長の坂本さん。坂本さんは珠洲市で育ち小さい頃から相撲で活躍し、一度東京に出た後、珠洲市に戻ってきてからは珠洲市の青年会議所で理事長を務めるほど、人望がとても厚い方。訪問中にご友人ともお会いさせていただきましたが、坂本さんもみなさん地元を大切にし盛り立てていっていることがよく伝わってきました。

坂本さんにとっての能登半島地震

そんな坂本さんが暮らす珠洲市でおきた今回の震災。
2024年の元旦、関東でも大きな揺れが観測された本震が発生する4分前に震度5強の地震が発生したそうです。揺れの状況を確認するために坂本さんは、お家の隣の母屋にその地震の様子を見に行って、家に戻る途中に本震である震度7の地震が発生。家の中からお子さんと奥様の声が聞こえ、急いで戻ろうとしたものの、その場から動けなくなるほどの揺れだったとのことです。
なんとかご家族の無事は確認して、一息ついた時にようやく家の前の主要道路が土砂崩れで潰れていることに気がつくほど( = それまでは家の前の土砂が崩れていることにすら気づかないくらい緊急事態だった)だったといいます。

坂本さんの家の駐車場から撮影した土砂崩れのあと。
今は黒い土嚢で崩れるないように押し止められている家の前の土砂。
それでも剥き出しの山肌は直感的に恐怖を覚える

市役所など街の中心から近い坂本さんのご自宅でも、元旦から2ヶ月ほどは電気が戻らず、水道が戻ったのは私が訪問した前々日(5月末)でした。もちろん珠洲市にはまだ水が戻らない地域も少なくないそうです。

思うように復興が進まない珠洲市の今

2日目のボランティアを終えた後、坂本さんのご案内のもと、珠洲市の中でも特に被害の大きい地域に連れていってもらいました。ボランティアは前編でも書いた通り時間の制約も強く、中心地にあるボランティアセンターとボランティア現場のピストンになってしまい、なかなか被災地の全貌を知ることができません。関東に暮らす私も、時の経過とともに減っていく能登地震の報道の中、訪問直前になっても今能登半島がどういう状況なのかが把握できていなかったので、被災地の状況はかなり気になっていました。

そして実際に被災地に連れていってもらうと、本当にこれが震災から5ヶ月経過した状況か…と息を呑むほどの被害の大きさと復興の難しさを目の当たりにしました。私がここで百語るよりも写真を見てもらった方がきっとご理解いただけると思うので、写真多めで。

津波にあった海沿いの商業施設。まだ復興に手がつけられておらず室外機が窓枠に刺さっていた
津波で流れたと思われる自動車が防波堤に刺さっている
通りに迫り出し斜めに傾きながら崩壊する家
斜めに傾く電柱とそれによりたわんでいる電線。看板なども地面から斜めに生えているものが多く、目の錯覚のような感覚に陥る(もちろん錯覚ではなく間違なく斜めになっている)


周りの地盤が沈み込むことにより出っ張ったように見えるマンホール。
1階が完全に潰れてしまっている家とそこに巻き込まれた車。
木造建築だからなのか、1階がつぶれている家がそこここにあり、
そこにあった暮らしを思うと胸が痛かった
お寺の雨除けが根本から折れて転がっている。
どれほど揺れたらここまでのことになるのか、と目を疑う
画面左のように完全に壊された家は、震災で崩壊した際に道路を塞いでいた家だという。
街のあちこちでこのような家が目についた

生業を手放すということの重み

現地を訪問するまで、産業への地震の影響は例えば畑や田んぼの土地そのものがダメージを受けて継続が難しくなるということだと思っていました。でも実際にはそれだけじゃない。「水が使えないこと」や「畑へのアクセスが絶たれること」が生業の継続を難しくすることも当然あるということを初めて実感しました。考えてみれば当然のことですが、現地に足を運び、その場を見て、そして話を聞いてみて、初めて人生をかけてやってきた生業を手放さなければいけないことの重みが身に染みて感じられました。

能登半島の富山湾側から日本海側に向かう道。大規模な土砂崩れがあったのが補修されつつある
通行できるところまでの補修はされているが、まだ写真のような大きな岩が残っている。
強い余震の発生時、また梅雨で雨が増えた時などのリスクはまだまだ高そう

人生をかけて大切にしてきた生業を地震をきっかけに手放すことになってしまった一つのケースが坂本さんのご両親でした。坂本さんのご両親はずっと畜産を営んでおられ、それこそ毎日朝から晩まで、上の写真の道(もちろん震災前は舗装されていました)を通って牛舎に通われていたとのことです。まさに畜産一筋だったようで、坂本さんの結婚式の前後にも牛舎に足を運ばれたとか。
もちろんご年齢のことなどもあるので、いつかはやめる日も、、と考えをめぐらせることは坂本さんにもあったとおっしゃっていましたが、突如「その日」がやってきたのが震災だったと言います。坂本さんのご両親の場合は牛舎は無事だったものの、水が全く出なくなってしまったことに加え、牛舎へのアクセスも上の写真の道が土砂崩れで通れなくなってしまったとのことです。人力で水を運び牛の世話をすることで、なんとか牛を死なせずに済むことはできたものの(坂本さんは両親の意地だったとおっしゃっていた)、それを続けていくことはできないと判断し、廃業することを決めたとのことでした。

街から山を越えたところにある坂本さんのご両親の牛舎

今回の地震で一番堪えたのはご両親が廃業しなければいけないことだった、空になった牛舎を見ながらそう語る坂本さんの話を聞き、その重みの全てを理解したなんて当然思ってもいませんが、それでも目頭が熱くなりました。きっとこの周りにはそんなストーリーがいくつもいくつもあるに違いない。一次産業だけでなく、ものづくり、そして家族で営んできた生業とその歴史を突然手放すことになったことへの無念さが、きっと被災地には渦巻いている。

半年前まではここに牛がいて、畜産が営まれていた。
がらんとした牛舎からご両親の無念さが感じられ目頭が熱くなる。

復興が進まない中でそれでも「復興」と向き合うこと

被災地回りをする前日、夜ビールをご一緒させていただきながら坂本さんがこんな言葉を漏らした。『外から「頑張れ」と声をかけてもらうがまだまだそんな気持ちにはなれない。』その時は the 部外者である自分としても、曖昧に笑ってその場を過ごすことくらいしかできませんでしたが、実際に被害が激しい地域を目の当たりにすると、その意味の捉え方も違ってきます。

 私は不勉強で訪問し、お話を伺うまで知らなかったのですが、能登半島は2022年6月、2023年5月にも震度6クラスの地震に見舞われたそうです。木造の家屋はその度に被害を受けてきましたが、それでも毎度復興し、元の生活に戻ってきています。
そんな中発生したのが今年の元旦の能登半島地震。全く違う規模の地震で大きな被害が出たのは前述のとおりです。坂本さんの同級生のご実家もほとんどが全壊/半壊の被害を受けているとのことです。復興してきた街並みは再び崩壊し、避難や移住する方の増加から過疎化は感覚で四半世紀すすんだといいます。今回はボランティアも明らかに足りず、復興は思ったように進まない現実があります。
 自分に置き換えて考えてみると、そんな状況に置かれて、それでもそこに暮らす限り、いやでも毎日思い出の街が被害を目の当たりにするしかない。それでも元気にやっていこうと思えるだろうか、いやきっと挫ける。。ビールを飲みながら坂本さんはこうも語っていました。「だから農業はいいんですよ。季節が来るとその作業をしないといけない。やらなければいけないことが出てくるから。だから他のことを考えずにすむんです。今年一年は厳しい現実から目を背けてでも、なんとか(日々の生活を)回すことに集中することにしてるんです。」

確かにそうでもしないと、復興よりも先に心身が擦り果ててしまう現実がここにはあるんだろう。

訪問中坂本さんにご馳走になったご飯。2人分。
毎日満腹を通り越すくらいのご飯をご馳走になりながらいろいろなお話を伺いました。

応援チケットで紡がれるジャガイモ

最終日は坂本さんの案内でハルサさんの畑に連れて行ってもらいました。畑は珠洲市から20分ほど車を走らせた能登町内にあります。かぼちゃやジャガイモをメインで育てていて、幸い地盤の崩れなどにはあわず、水・電気がないくらいの被害で済んだといいます。それでも作付けは例年から20日遅れとなったそうです。春からはジャガイモ、かぼちゃの作付けを済ませており、畑は震災を感じさせない青々とした綺麗な姿でした。

はるかなるカボチャばたけ
カボチャはツルが伸びるから畝と畝の間を広くとるそうです。知らなかった。。
広大なジャガイモ畑をバックに坂本さんと私
青々としたジャガイモ畑からはパワーを感じました。

食べチョクで販売した応援チケットの寄付金の一部は、このジャガイモの種芋を購入するのに使ったそうです。また、購入した種芋はハルサさんだけでなく地域で農業を続けていきたいと考える方にもなんと無償でお配りしたとか。ハルサさんの地域愛と男気に圧倒されると共に食べチョクのユーザーさんからの応援が確かに届いていたこと、そしてそれがハルサさんだけでなく地域の方をも元気付けることに繋がっていたことが、食べチョクの「中の人」としてとても嬉しかったです。皆さんから寄付いただいた応援チケットは、ハルサさんだけでなく能登町の地域を元気づけるのにも役立っていましたよ!多くの方の思いを紡いだじゃがいもは、7月には収穫予定だそうです。どんな味がするのかな〜!

応援チケットの寄付の一部を使って地域に寄贈される種芋。
支援の輪が、私たちも知らないところで広がっていたなんて嬉しい!
(資料はハルサさんより提供いただきました)

また坂本さんがお家に水が戻るまで生活していた事務所にも連れて行ってもらいました。事務所前の駐車場は地震の影響で水道管が剥き出しになっていたそうですが、ここも応援チケットで砂利を購入し埋めることで使える状態まで戻したとのことでした。

応援チケットで購入された砂利で整備されたハルサさんの事務所前の駐車場。
奥の方にぽこっと頭を出すマンホール。地震による隆起・沈降をここでも感じる。


事務所と坂本さん。収穫されたじゃがいもはこの事務所の中に集められ、
ここから発送されます。

美しい能登が復興することを願って

坂本さんのイチオシの景色。富山湾の向こうに見えるのは立山連峰。
半島ならではの海の向こうに山脈が見える景色は世界的に見ても結構レアだと言います

坂本さんと珠洲市を回ったこの日、天気はとても良く気持ちの良い風が吹いていました。津波で破壊された施設のそばから、目を遠くに向けると富山湾の向こうに立山連峰が。半島なので当然繋がってはいるのですが、こうして眺めてみると少し大袈裟ですが、地球の大きさや時として人間に牙を向く自然のエネルギーを感じざるを得ません。

坂本さんが珠洲市で最も好きだと言っていた牧場に行くまでの道から見える景色。
よくみると珠洲市の市街地が見え、富山湾とその向こうにやはり立山連峰が臨む。
(写真の撮り手の腕が、、悲しい笑)

少し山のほうに車を走らせるとこんな景色も。
子供の頃から坂本さんが好きだった景色だと言います。こんなにも綺麗で雄大な場所にも地震は牙を向き、そこに暮らす人の生活を一変させてしまったのかと考えると、切なくなります。いや、この雄大な自然だからこそ、一度牙を向くと人間に容赦ないということなのか、、と思いながら。

確かに坂本さんの「一番の景色」。思わずぼーっとしてしまっていた自分がいました。珠洲市に暮らす方々が1日も早く心静かに、この景色をぼーっと眺められる日常に戻れることを願ってやみません。

これからの食べチョクの生産者非常事態サポート室のあり方

地震だけでなく台風や大雨にも見舞われる日本。
これまで色々と取り組んできた通り、一次産業はどうしても性質上災害の被害に遭いやすい。ここ数日でも、さくらんぼの高温障害で山形のさくらんぼ農家さんが大変だった状況を目の当たりにしました。そんな予想もしなかった災害が起きた時に、食べチョクとして少しでも生産者さんに寄り添えるサービスでありたいと改めて考えを強めました。そして「その時」の支援にとどまらず、継続的に被災した生産者さんにスポットライトを当て、地域の復興や生産者さんの復活まで見届け、それを支援してくれるお客様にしっかり届けるところまでやり切れるそんなチームを作っていかないとなと改めて思った次第です。
 地震や台風・大雨などの災害で、代々家族で継いできた生業を諦める例は枚挙にいとまがないでしょう。食べチョクは災害を防ぐことはできませんが、お客様と生産者さんを結びつけ、支援の輪を広げていくことならできるのかもしれない。そしてその支援が生産者さんの「生業を続ける選択」に繋がっていくのであれば、これ以上の喜びはありません。だからこそ、しっかりと一次産業の生産者さんに寄り添いサービス提供できる、私たちなりの「災害支援」をこれからも探っていきます。

(ご紹介)食べチョクで行っている災害支援
食べチョクでは被災された生産者さんに寄付ができる応援チケット(500円/5000円)の販売と、商品を購入することで1注文あたり300円生産者さんに寄付を行う寄付商品の販売を行っています。生産者さんたちの復興はまだまだこれからです。もしよろしければ応援いただけると嬉しいです。
応援チケット・寄付商品はこちらから


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