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推しのための、不健康で肉体的な最低水準の生活

「推しが燃えた。」

唐突に、しかし確実に人々を物語の世界へと引き込む言葉からその小説は始まりました。

「推し、燃ゆ。」

現役大学生作家である宇佐美りんさんが執筆。第164回芥川賞に選ばれた作品です。私自身、幼いころから無類のテレビっ子であり、俳優、アイドル、アニメキャラクター、沢山の推し達とともに23年の人生を生きてきました。あまり小説は読みませんが、100ページちょっとという手軽さと、タイトルから思わず手を出した次第です。1時間ちょっとで完読しましたので、下の文章から興味を持ってもらえたら嬉しく思います。

 

主人公あかりは優秀な姉と、家族にストレスを抱えつつある母、海外に単身赴任中の父を持つ一般的な女子高生です。勉強がとりわけできる訳でもなく、バイトもうまくいかず、社会に対する孤独感や劣等感を感じている彼女は”推しを推す″という行為にのみ人生や生活の価値を見出していました。そんなあかりの推しはアイドルユニット「まざま座」の青担当、上野真幸です。物語は真幸がファンに対して暴力事件を起こし、SNSが炎上してしまうところからはじまります。社会的に推しの存在が揺らいでいく中、彼女の”推しを推す”生活は大きく変化していくこととなります。自分の全てだと思っているものが大きく崩れたとき、彼女は何を考え、どのように生きるのか...現代を生きる少女の一角をリアルに描いた作品でした。

 

アイドルという三次元のようで二次元のような手には届かない偶像を追いかける行為はいったい幸せなのか、不幸せなのか。SNSやメディアの発展から偶像だった存在がよりリアルに感じられるようになり、その存在に一抹の希望を見出している少女が偶像たちの言動に、顔は見えない人々の反応に一喜一憂し、心と体を削られていく姿はなんとも痛々しく、けれど他人ごとではいられない。そんな等身大の物語だと思いました。

私はアイドルや芸能人(広く言えばロールモデル)は一つの小さな信仰のようなものではないかと考えています。私は日本人として生きている訳ですが、あまり強い信仰心を感じたことはありません。仏教が主流でありながらも、ウエディングは教会で、クリスマスにはチキンをハロウィンにはコスプレを...こういったふわ~~っと柔軟な宗教心が日本のオタク文化に少なからず影響を与えているのではないかと感じています。

辛く、苦しいことがあり、人生を諦めたくなった時に何を頼って依存したらいいのだろうか。そんな時でも大好きな推しはスマホの小さな画面の中で笑顔で生きていてくれる。嗚呼、尊い。推しも辛い中で私たちに笑顔と希望を届けてくれる。嗚呼、尊い。私はこれも現代を強く生きるための術だと思っています。一見、推しを応援する行為は相手のためのようであって、自分自身のためであることが多いと思うのです。同じような考えが作品の中にも込められているような気がしてなりませんでした。

作者が本作を通して一番伝えたいことは私が感じたものではないかもしれないけれど、

事実として、あかりのように沢山の時間とお金と労力をかけて誰かにのめりこんでる方はたくさん居ます。その存在を可視化して芥川賞も相まって多くの方々に認知してもらうことができるのは大きな意味があると思いました。安易な表現ですがとても面白かったです。

あなたの推しが私の推しが、今日も幸せでありますように。

tsumugi



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