おだ|穏やかに健やかに(๑´◡`)_旦

元ライター。2009年会社設立、2023年廃業。アラフォー。現在は会社員として余生を生…

おだ|穏やかに健やかに(๑´◡`)_旦

元ライター。2009年会社設立、2023年廃業。アラフォー。現在は会社員として余生を生きています。元・穏やかに健やかに(83歳) https://amzn.asia/d/hcGX5u5

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初投稿(ウソ)

一度でいいから見てみたい、自分の記事がバズるとこ。 おだ丸です。 タイトル詐欺の弁明noteを開いて最初に目に入るのが「今日のあなたに」。 とにかく、誰かの「今日のあなたに」に載ってみたい。 でも、「今日のあなたに」に載るには、最低でも15個くらいのスキが付いている必要があるっぽい。 それなのに、自分の記事はスキが1、2個付けばいいところ(涙)。 スタートラインにすら立てていません。 「今日のあなたに」でよく見かけるのが、「初投稿」だとか「自己紹介」だとか。

    • 現実的な加齢の問題

      40代だが出世しないヒラ社員のポジションで入社した。 そして、40代だが新卒の新入社員のような仕事をしている。 電話番はもちろん、来客対応やお茶出しもやっている。新入社員のフリをして。 マスクをしているため、顔面の加齢はある程度隠せている気がする。 実際に、配送のオジサンは自分のことを新入社員と勘違いしているようだ。 4月になった時に「新しい新入社員が入ってくるんだろ? (配送の受け取りも)もう卒業じゃないか?」と言ってきた。 そのオジサンが目が悪いだけかもしれな

      • 【決定版】タスク管理ツールおすすめ

        いろんなタスク管理ツールを試してきた。 Todoist、Trello、Google ToDo、タスクシュート、Zenkit、ClickUp……それぞれに特徴があり、魅力的な機能も多い。 しかし、今はOutlookのタスク機能に落ち着いている。これで十分だ。 今の会社はWindowsでOffice365を使っているため、メールクライアントはOutlook。 そして、そのままタスク管理もOutlookのタスク機能を利用している。 結局のところ、タスクを一覧できて、期日と

        • 文章を書くということ:自己満足と客観性の狭間で

          結局のところ、文章を書くことは自己満足でしかないのかもしれない。 「書きたいことだけ書けばいい」と言ってきたが、そうすると必然的に自己満足に行き着く。 しかし、それでもなお、ある程度は客観的に自分の文章を見ることが必要だと感じる。 これは、商業ライターとしての経験から得た習慣なのかもしれない。 常に頭の中で文章を練り直しながら、読み手にどう受け取られるかを意識してきた。 とはいえ、どんな文章が良いとか悪いとか、それは結局のところ好みの問題でしかない気もする。 だか

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          他人に期待しないことの代償

          「他人に期待するな」。これが基本的な信条である。 誰かに何かを期待してしまうと、期待が裏切られた時の失望感は計り知れない。 だからこそ、最初から誰にも期待しない。 自分のことは自分でやる。そうすれば、誰かに頼ることもなく、失望することもない。 しかし、この信条には思わぬ副作用があることに気づいた。 他人からの親切に戸惑うのだ。 ふいに誰かが親切にしてくれた時、どう反応すればいいのか分からなくなる。 たとえば、重い荷物を持っているときに、見知らぬ人が手伝ってくれる

          他人に期待しないことの代償

          何が報酬を決めるのか?:報酬と能力はイコールではない

          能力の差はさほど無いのに、報酬が違いすぎるのは何なのか。 上司は自分よりも2倍以上の報酬をもらっている。しかし、能力が2倍違うとも思えない。 総合的な能力では上司が上だろうが、ある部分に関しては自分のほうが優れていることもある。 それなのに、なぜ報酬が倍以上の開きがあるのか。 JTC(伝統的な日本企業)で年功序列なので、社歴は1番の要素だ。 そして、会社へのコミットの度合いというのも要素のひとつだろう。 コミットの度合いとは、必ずしも貢献度合いとイコールではない。

          何が報酬を決めるのか?:報酬と能力はイコールではない

          一社以外童貞のサラリーマン社長

          JTC(伝統的な日本企業)に中途入社で潜り込んで2年目に突入した。 JTCだけあって、社員のほとんどが新卒入社で勤め上げてきた人々である。 それは上司もそうだし、社長であっても例外でない。 すなわち、この会社でしか働いたことがないということであり、いわば「一社以外童貞」だ。 転職も起業も経験してきた自分にとっては、いまの会社の社員たちは、違う星の住人という気がする。 一社以外経験していないだけあって、ピュアな人が多い。 もちろん、大企業であり色んな部署があるので、

          一社以外童貞のサラリーマン社長

          情熱なき執筆:それでも投稿し続ける日々

          毎日noteを投稿することに対するモチベーションはあまりない。 ただ、毎日の投稿をやめることで、書く習慣がなくなってしまうことに対する怖れがある。 書くのをやめたら、また1年以上の空白期間が生まれるような気がしている。 だから、今日もこうして書いている。 情熱を持って書けるようなネタは、もうほとんど無くなった。 以前、書くのが途絶えた時期の感じとほとんど同じ感覚だ。 しかし、今は生成AIの手を借りている。これが前回との違いだ。 AIの助けを借りることで、アイデア

          情熱なき執筆:それでも投稿し続ける日々

          人間は、自分の選択が正しかったと思いたい生き物である

          我々は日々、大小さまざまな選択を迫られている。 そして、自分の選択が正しかったと信じたいという強い欲求を持つ。 これは人間の本質的な特性の一つかもしれない。 自己正当化の欲求たとえば、自分はフリーランスのライターとして活動していたが、ある時点で自身の会社を畳み、会社員になることを選択した。 この決断は簡単なものではなかったが、今振り返ってみると、自分の選択を正当化したいという気持ちが強くある。 「安定した収入」「福利厚生の充実」「チームで働く喜び」など、会社員とし

          人間は、自分の選択が正しかったと思いたい生き物である

          書くことが無くなってきた

          GWにnoteを再開し、毎日投稿を続けて約2ヶ月。最近、書くことがなくなってきた。 ネタのストックは割とある。 しかし、それを記事にするだけの勢いというか、エネルギーみたいなものが足りない気がする。 そんな中でも、勢いのあるネタが思い浮かんだ時には、その勢いのまま、その日のうちに記事にできる。 しかし、勢いのあるネタが思い浮かばない時には、「今日は書くことがないな」と感じる。 これはどういう現象だろうか。 インプットが不足しているからだと言われれば、それはそうかも

          書くことが無くなってきた

          会話のシミュレーション、あるいは脳内リハーサル

          いつも会話のシミュレーションをしている。 何を話そうか、脳内で何度もシミュレーションを繰り返す。 会社で上司に話しかける前も。音声入力をする前も。 いつも話すことをシミュレーションしている。 シミュレーションしなければ、いざ話す時になって頭が真っ白になり、言葉に詰まってしまう。 そんなわけで、いつもシミュレーションすることが、いつからか習慣となった。 例えば、上司にホウレンソウをする前には、言うべきポイントや質問されそうな内容を何度もシミュレーションする。 その

          会話のシミュレーション、あるいは脳内リハーサル

          「誰からでも叩かれていい人」を探し出す社会

          現代社会では、「誰からでも叩かれていい人」を探し出す風潮が強まっている。 不倫、不祥事、事件を起こした人々がその対象となることが多い。 一度何かしらの問題を起こすと、その瞬間から「誰からでも叩かれていい」という雰囲気が急速に形成される。 SNSやインターネットの普及により、瞬時に情報を得ることができるようになった。 この便利さは、同時に情報を拡散し、意見を共有する手段も提供している。 しかし、この便利さゆえに、他人のミスや過ちに対して過剰に反応しがちだ。 他人のス

          「誰からでも叩かれていい人」を探し出す社会

          KindleでAIの本を探そうとしたら、検索結果がAIグラビア写真集で汚染されまくっている件【AI執筆】

          「AIについてもっと深く知りたい!」 そう思ってKindleストアで「AI」と検索したあなた。表示された結果に、目を疑いませんでしたか? そう、 AI関連書籍に混じって、大量のAIグラビア写真集が表示される という珍現象が起きているのです。 まるで、純粋な知識欲が、「AI」という魔法の言葉で欲望にすり替えられてしまったかのよう…。 Kindleストアよ、一体何が起きているんだ? AI発展の陰で…AI技術の進化は目覚ましく、私たちの生活を大きく変えようとしています。自

          KindleでAIの本を探そうとしたら、検索結果がAIグラビア写真集で汚染されまくっている件【AI執筆】

          罪悪感と背徳感の狭間で

          いつも昼食には菓子パンを2個食べている。菓子パンとは甘いパンのことである。 最近まで、パンを2個買うとしたら、1個は菓子パンにしても、もう1個は惣菜パンにしなければいけないという固定観念があった。 惣菜パンこそが食事であり、菓子パンはデザートないしおやつであるというような。 どうして、そんな固定観念を持っていたのかは分からない。親の教育の影響だろうか。 思い返せば、小さい頃からお昼ご飯にはしっかりとした食事を摂るように教えられてきた。 おかずとご飯、あるいはサンドイ

          社会から距離を置き、社会で生きる

          距離を置きたいのは、資本主義が蔓延した現代社会である。 現代社会では、資本主義が蔓延し、出世競争やマウンティングが横行している。 そんな現代社会に身を置くと、常に自分と他者とを比較し、物質的な成功を求めがちだ。 しかし、自分の求める幸福はそこにはないと思う。 目指すべきは、社会の無駄な競争から距離を置き、自分の価値観に従って生きることだ。 同時に、完全に社会から離れるのではなく、上手く関わり合うことも重要である。 なぜなら、生活のための収入を得る必要があり、家族や

          社会から距離を置き、社会で生きる

          電車で隣のオッサンもどこかの会社の部長かもしれない

          普段、電車で見かけるオッサンには何も感じないが、自分の会社の部長となると、同じオッサンでもなぜかすごく偉い人のように感じてしまう。 隣のオッサンも、もしかしたらどこかの会社で部長をしていて、その会社では偉い人として扱われているのかもしれない。 それなのに、電車ではただのオッサンに過ぎない。 これは一体何なのだろうか。関係性の問題なのか。 それは自分の人事権を上司に握られているからだ、という見解がある。 たしかに、上司が評価をすることで、昇進や昇給に影響を与える。

          電車で隣のオッサンもどこかの会社の部長かもしれない