福祉と援助の備忘録(11) 精神神経学会

第117回日本精神神経学会学術総会の教育講演が目白押しであったので、#2021年の学び にはその備忘録を。


「あの素晴らしい愛」について ―日本の母子像から精神分析的に学ぶ―  北山 修


日本画の母子像を巡って、母子がともに同じものを見るという意義についての話であった。

テレビが一家に一台から一人一台になり、父は野球、母はドラマ、子はバラエティーを、それぞれ自分が観たいものを観る。それを可能にするほどにモノは溢れた。

たとえばウォークマンは、皆がバラバラのものを見聞きする「心と心が今はもう通わない」時代を作るのに一役買ったかもしれない。北山氏はソニーに対し、「お宅の会社が文化を壊した」と文句を言ったと言う。(すると「アイオワやシャープも、似たような機器を作った」と言い返されたらしいが)

私はソニーがなくても、この流れは逆行しなかったと思う。そもそもテレビは全国において共通の話題を作る強力なツールであった。だが今それは動画に置き換わっている。ヒカキンのような有名YouTuberなら共通話題になるかもしれないが、各人がチャンネル登録することによって番組がカスタマイズされている。それぞれが固有に観たいものを観る世界が加速している。

困っている人に直接手を差し伸べること、施設を充実させることなどだけが援助のあり方ではないのかもしれない。広く時代のあり方そのものを考える、という一見文化的・学術的な考察が、深く人の幸福・不幸を左右する、と思わされる優れた講演であった。

それにしてもフォーク・クルセイダーズはうまいタイトルをつけるものだ。


女が増えると精神神経医学は変わるか? 上野 千鶴子


女性が受けている差別について、どれだけが明らかにされているだろう?公開されていない差別の中には、差別された女性さえもが気づかないものがあるかもしれない。それを明らかにする人たちがいる。

東京医大が女性の受験生の入試の点数を不当に下げていた問題は、官僚の子の裏口入学問題の調査から芋づる式に明るみになったことであった。気づかれていなければいまだにやっていたはずである。

医学部を受験する者の男女の比率と合格する者の男女の比率が違う。それについて疫学調査同様の統計的な証明がある。
前者を後者で割った値は、本来 1 になるはずである。東大は1.03 。ほぼ1で不正はないと考えられる。わずかに 1 を上回るのは、男のほうが数学の成績が良いので、少しだけ合格率が上がるという理由らしい。
逆に1以下、女性のほうが合格者の割合が増える大学には旭川医大などがある。地方大学には女性が入りやすいのだ。

この問題に女性医師の団体は薄々気づいていた。医師国家試験合格の女性の割合が増えないからである。女性の社会進出が進む中で、女子の合格率も50%に向かっていくのが本来であるのに、そうなっていないからだ。
誰かがゲートコントロールをしているということだ。知らなかった。愕然とする事実である。

だがこの提起に対して、医学界は冷ややかであったという。大変なことであると思っていないのだ。

上野先生は次のようなことも述べていた。

・女性医師の仕事量は、男性医師のそれの8割である
・看護師の仕事は男のものにもなった
・ならば医師の仕事は女のものにもできるはずである
・それができない言い訳として「医師とは子育てをしながらできないほど忙しい仕事であるから」というのがあるが、それは男性医師が家事をしないということである。家事をしない男性のツケをなぜ女性が払わなければならないのか?おかしい。


ちなみに東京医大の不正入試について私の意見を述べておこう。東京医大はいまだに反省をしているとは言い難い。もし反省しているならば、アファーマティブアクションを導入し、女性の入試の点数を男子より加点するのが適切だからだ。


精神疾患の多因子性とその臨床的な意味 神庭 重信


精神疾患については昔から「氏か育ちか」という問いがある。遺伝のせいか環境のせいかという問題である。F.Collinsは「遺伝子が中に弾を込め、環境が引き金を引く」と答えている。

実際に精神病の原因遺伝子を特定するのは平坦な道ではなかった。「精神疾患は分子生物学者の墓場である」と言われたほどである。

それが今、かなり細かく判りつつある。どうやら「それほど単純ではない」ようだ。


何十万という遺伝子を調べ、polygenic risk scoreというものが測れるようになった。
ひとつひとつの遺伝子だけでは将来精神疾患になるリスクは低いが、たくさん集まるとなんらかの精神疾患になる、という遺伝子群があるのだ。その遺伝子の数を反映したpolygenic risk scoreが、疾患になる可能性をよく予測するのである。

これについて、あえて心臓の病気で述べよう。冠動脈疾患のPolygenic risk score、つまり遺伝的な不健康の点数とでもいうべきものが80点以上(上位20%)の人が健康的な習慣を送っても、20点以下の不摂生をする人と病気になる割合が同じくらいなのだ。不摂生をしても病気にならない人と、健康に気をつけても病気になる人がいるとは、なんとも不平等だ。


精神科の診断は今後polygenic risk scoreを診断に取り込むようになるかもしれず、そうなると診断基準の地図は大きく変わるであろう。誤診も減るであろう。


これは医者と患者にとって福音とばかりは言えない。診断は治療のためにある。いたずらに精神疾患になる運命を神託のごとく下されてしまってそれを避ける手段もないとなれば、将来の患者はただただ嘆くしかなくなる。医療の発展は予測を果てしなく正確にするだろう。それによって新たな問題が生じ、人類が不幸にならないと良いのだが。


最近の薬物関連精神障害の傾向と対策 松本 俊彦


我らが松本先生の講演。他の分科会にも出ていらして、大活躍であった。ただ本論ではなく、印象に残ったことだけをまとめておく。


京都では薬物をやめようとしている人たちの団体であるDARCの建物の近くに「ダルクはでてけ」という差別的な貼り紙が貼られているそうだ。これは立派なヘイト・スピーチである。教育機関でも「違法薬物は一度使ったら終わり、治らない」という教育をするように指導されているらしい。

安全な人をより安全に、そうでない人をより危険にする分断政策の中で、薬物に苦しむ人々が回復を目指して努力していることを知った。



がんの光免疫療法 小林 久隆


精神医学とは関係ない教育講演も。なにげなく聞いてみたが、驚きの内容であった。

がんといえば今は、手術か化学療法、その併用である。手術では病巣をごっそり取る。それはゾンビが増殖した街に核爆弾を落とすのと同じようなものだ。健康な組織もごっそりと犠牲になり、その影響は大きい。機能や見た目が損なわれる。

ところがそれだけではなく、切り取った部位には、免疫細胞もぎっしり詰まっている。がんを攻撃する兵をも取り去ってしまっているのである。

それを踏まえ発明されたのが「近赤外光線免疫療法(光免疫療法)」である。腫瘍免疫を利用し、正常細胞を傷つけることなくがんを治療する画期的な治療である。



Ver 1.0 2021/12/27

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前回はこちら。



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