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異次元? それとも神仙境?

医療現場で働いているが、私の場合、認知症に関わることは少ない。

それでももう少し勉強しておいたほうがよかろうと思っていると、見事な本に出会った。


認知症の理解を深めるために、当事者の声を集めて作られた本である。


表現をする際に、特殊な視点から描くやり方を、「異化」という。異化によって、当たり前のものを当たり前でなく描かれると、文学的になる。認知症者の見る世界は我々の知る世界とはあまりに異なる異世界だ。認知症者は慣れない国を歩く旅行者なのだ。じゃあ『地球の歩き方』の認知症版を作っちゃえ、となったのが『認知症世界の歩き方』である。

たとえば認知症者が錯覚を起こすのを、「サッカク砂漠」という砂漠の旅に喩える。その喩えを通して日常がトリックアート化していくことが説明されると、認知症者の日常が突然リアルなものとして自身の心の内に描き直される。


そういえば精神医学では従来から、患者の内的体験を己の内側に思い起こして捉えることによって病理を考察してきた。だが、認知症に対してのそれは乏しかったように思われる。なにより考察以前に、認知症者の主張はあまり聴いてこなかったのでないか。聞けばわかることがこんなにあるのに、とこの本を通してつくづく思った。医師ではなくデザイナーがそこを聞いた。


近年、雄弁なデザインが身の回りに増えたように思う。同じライツ社の『マイノリティデザイン』もいい本であった。よいデザインはウィットに富んでいるし心地よい。

いつかする旅かもしれない。本当に役にたつという意味での優しさをたっぷり感じられる、必携のガイドブックであった。


#認知症世界の歩き方

#読書の秋2022

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