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【長編小説】 異端児ヴィンス 1

 その秋口のひと月というもの、私の中で世界は膨張したり収縮したりを繰り返していた。それはまるで失敗したシフォンケーキのように、順調に膨らんだかと思えばあともう少しというところでいきなりてっぺんが裂けて、ぺちゃんこになったりするのだった。理解不能な人たちのあいだで、私はともすれば失いそうになる自分自身の存在と立ち位置とを何とか確保しようとして、躍起になっていたような気がする。
 そのころの、私と周囲の人たちのことについて書こう。
 
 
 
 「……宗教観にしろ何にしろ、むしろ俺はすべての宗教的概念を包括したいと考えているのさ。キリスト教しかり、イスラム教しかり、仏教、ユダヤ教、ヒンズー教、ハーレークリシュナ、山岳信仰、民間信仰、ブードゥー教だろうが何だろうが今日こんにちの、すべてに化学的裏付けが施され、切り開かれて分析されて、なおかつ入り乱れる情報によって撹乱され続ける社会において、いったい何を唯一信じられるっていうんだい? 『宗教は魂を支える』なんてのたまう奴がいるが、俺はそんな世迷い言は認めないね。いいか、宗教ってのはな、人間の〝中〟にあるもんだ。人間が生まれる前からどっかよその場所で大河のように悠々と流れてたものじゃない。人間がこの世に発生し、人間のたくましさのたまものである想像力というやつの中で、宗教概念てのは生まれ育ったんだ。人間の存在なしに概念は存在しない。だから俺は、宗教に帰依し、おのが人生を投げ打って悔いなしみたいな考え方には、到底同意することはできないねえ……。そりゃあんた、病的なマゾってやつよ。ヒヒヒ……」

 私のしかめ面を見るのを楽しむかのように眺めながら、ヴィンスは言った。そして、私が何か発言するのを遮るかのように、すぐに次を続けた。
「いいかい? 信仰を持つから人間は生きられるんじゃない。神様のお陰で自分は生きていられるなんて考え方は、自己否定以外の何ものでもないんだよ。せっかく自分ってこれ以上ないぐらい大切なもんを持って生まれてきたってのに、それをないがしろにして自分以外のほかの存在に人生を任せて生きるなんてやり方は、究極のところ in the end、本物じゃないと、俺は思うがねえ……」
 この〝究極のところin the end〟という言い回しがお気に入りのようで、ヴィンスはよく使った。私がこのパブに通い始めて三ヶ月が経つが、彼が語りの中でそれを使うのはこれで十回目以上だった。
 私は周囲を見回して、どうか近くに信心深い人が座っていませんようにと祈った。そんな人がいまヴィンスが話している内容を耳にしたら、きっと仰天し、侮辱されたとさえ感じて、彼に殴りかかるか、それでなくとも激しい反論を仕掛けてきたりして、騒動になるに違いなかったから。
 だが幸い、そのとき私たちが座っているカウンター席の端の近くには、誰もいなかった。
「……おい、聞いてるのか? 俺の言いたいのはだな、この世にあまねく信者を集めて照り輝いている神々を冒涜し、地べたに引きずり下ろそうってことじゃねえんだよ。俺だって、世界には人間の力じゃ手に負えねえことがたくさんあるのは心得てる。それが、人間の力でできることを遙かに上回るすげえ代物だってこともな。究極のところ、それを最初、人間は〝神〟と呼び始めたんだろうよ。
 ……でも、のちになっちゃどうだ? ひとつの宗教の中でだって分派して争い合ったり、自分の宗教が一番正しいなんて言って、他教の民族を攻撃したりだな、それに、宗教って名の下に、大勢の人間の心を自分の利益のために操ったり……。集団で自殺しちまう奴もありゃ、他人様を犯罪に巻き込んで殺しちまう奴もいやがる……。あんたも日本人ならよく知ってるだろう? あの胡散臭い新興宗教ってヤツの恐ろしさを……」
 私は真剣な顔でうなづいた。そして、ヴィンスが日本での出来事にも関心を持っていることを知って、内心驚いていた。
「とにかくよ、そういう長い歴史の中で起こったことを見てみるとよ、俺ァ何だかすべてが虚しくなっちまったんだよなァ……。そうするとひとつの宗教なんざを真っ正直に信じ込むなんてこたあ、馬鹿らしいと思うようになったんだな。でも俺はれっきとした信者だぜ。〝無宗教〟って宗教のな。アッハハハハ……。
 おっと、誤解してくれるなよな。さっきも言ったように、俺ァすべての神々を否定しているんじゃないんだぜ。むしろその逆さ。俺はすべての神々を受け容れている。だからさ、無神論者って方々とも、ちょっと違うぜえ……。俺は神を信じてるんだからな。すべての神様さ。ただ〝何教〟でもないってだけなんだ。だからよう、色々多すぎて、もう、何の神様を信じたらいいか、わっかんなくなっちまってるってわけ……」
 そこまで話すとヴィンスは、私が聞いていようがいまいがお構いなしといった調子で、グラスにまだ半分ほど残っていたビールをがぶがぶと音を立てて飲み干した。そんな彼を見ながら、私は正直、煙に巻かれたような気がしていた。

 酒場に集まる連中は、彼のことを「気違いヴィンス」と呼んで近寄ろうとしなかった。でもこのパブで初めて彼と接してから私は、知らず知らずの内に彼の話に引き込まれ、気がつけば心の中で彼に「偉大なる酔っ払い」という称号を与えていた。そしてその称号はまた、彼の容貌を語るのに充分過ぎると言ってもいいぐらいだった。
 ヴィンスは高くて長い、けれどひどい酒さ・・のせいで真っ赤に膨れ上がっただんごっ鼻の持ち主で、卑猥なほど大きなギョロつくことを決して止めない灰色をした大きな眼、最期にいつ洗ったのか想像もつかない、額に垂れ下がる脂っぽい巻き毛(金髪なのだろうが、ひどい脂のせいで汚く茶色じみて見える)、長い手足を台無しにしている絶望的な猫背のせいで、誰がどう見ても完璧なアルコール中毒者だった。
 だが私は、それと同時に、彼のその度を超した酔いっぷりの果てに、何か深遠なものを垣間見たような気がしていた。そして、だからこそ、彼のこのあまりにも強引で荒唐無稽な宗教包括論も、酒の席での他愛もない与太話として片付けてしまう気になれないのだった。

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