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セピア色の春  山根さんの企画


本編  【467字】

菜の花の森の上の雲に寝そべると、空の深い青さにクラクラした。
眩しい太陽に目をつぶると、瞼の奥の暗がりに白いハルジオンが開いては消える。
オレンジの海の中を巨大なイカがエンペラをうねらせながら目の端から外に漏れて、逃れた僕は太陽に背を向けるように寝返りを打った。
すっかり鎮まった海原に船を浮かべ、うとうとと櫂を漕ぐ。
 
僕はとうとう千切れた雲から滑り落ち、菜の花のマットに少しバウンドして救われた。
目の前に広がる黄色の森の表面はとめどがない。ゆっくりと沈んでいく体を僕はもう動かすことができなかった。
空に向いた緑の葉を跳ね返しながら、僕の体は深く深く沈み込み、静かな眠りに就いた。
 
 
「ありました」
そう叫ぶ声がする。
方々から近づいてくるいくつもの足音に僕は完全に覚醒した。
掘られていく柔らかい土の音は息吹きを持ってくる。そして僕は長い息を吐いた。
「鑑識さん」
腐り果て、落ち窪んだ僕の眼窩に映ったのはセピア色の桜。はらはらと散り落ちる花の祈りはこの目にも美しい。
僕の皮膚、僕の筋肉、僕の内臓はもはや形を留めぬ土となり、春の芽吹きを始めている。


山根さん
今回もよろしくお願いいたします。


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