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映画『TENET テネット』感想 画面に溢れ出るSFオタク愛


 ノーランのオタクっぷりが今作でも爆発しています。映画『TENET テネット』感想です。


 ウクライナのオペラハウスで開かれるオーケストラコンサートの開演直前、突如ステージはテロ組織に占拠される。テロ鎮圧のために、特殊部隊が突入、その中にはスパイを救うために偽装したCIA工作員の男(ジョン・デヴィッド・ワシントン)がいた。名もなき男は、脱出の際に捕らえられ、自決用の毒薬を口にする。ところが、その薬は鎮静剤であり、目が覚めた男は、ある組織のテストをクリアしたことを告げられる。
 名もなき男はその組織から、巷で取引されている、未来から来た「時間の逆行」をした銃火器の調査を命じられ、各国をまわる内に、武器商人である富豪セイター(ケネス・ブラナー)に辿り着く。男は、セイターに接触を図るため、妻であるキャット(エリザベス・デビッキ)に近づくが…という物語。

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 『インセプション』『インターステラー』『ダンケルク』などで知られる、クリストファー・ノーラン監督の最新作。時間軸を入れ替えた脚本は、ノーランの十八番ですが、今作はその部分のリミッターを解除して意識的に暴走させたような脚本で、滅茶苦茶ややこしい事になっております。ただ、そのややこしさが「ノーラン節」なわけで、もうこのジャンルを確立した、作家性を楽しむ監督になっているんだと思います。

 かなりややこしい物語なのですが、基本的にはすごく全うなスパイ映画だと思うんですよね。一番ストレートな楽しみ方もそれだと思います。解説自体は色んな考察サイトを読んでいただくということで、ここでは、物語の元ネタというかオマージュ的に感じたものを挙げていきたいと思います。

 テーマとなっている「時間の逆行」については、上手く説明できるほど理解しているわけではないのですが、感覚としては、『ジョジョの奇妙な冒険』第3部以降の歴代ボスキャラのスタンド能力に近い捉え方をすると、頭に入ってきやすいと思います。
 特に、セイターがキャットに銃を突き付けて男を脅迫する場面。順行する時間のセイターと逆行する時間のセイターが2人同じ画面に映るんですけど、これはジョジョ第7部『スティール・ボール・ラン』に登場するヴァレンタイン大統領の、別の世界線を行き来するスタンド能力「D4C」から発想された絵面だと思うんですよ。その後に説明される「逆行する時間で過去の自分と近づきすぎると消失する」というルールも「D4C」ですよね。根拠もなく断言しますが、完全にノーランは『ジョジョ』全巻読んでると思います。
 ただ、ノーランの初期代表作である『メメント』の、記憶が10分しか保てない主人公という設定は、それより後の『ジョジョ』第6部『ストーン・オーシャン』に登場する「ジェイル・ハウス・ロック」というスタンド能力の、「敵を3つの事柄しか記憶できない状態にする」に近いもののようなので、お互いに影響を受け合っている関係なのかもしれません。

 もともと、ノーランの作品って、日本の漫画やアニメ(特にSF)からの影響が強いんじゃないかって思っていたんですよ。『インターステラー』でワープ航法の説明される場面が、『ドラえもん のび太の宇宙開拓史』でロップル君がのび太にするワープの説明そのものだったし、そもそも地球が死にかけているから別の天体を探しに宇宙の果てへ向かうというあらすじは、楳図かずおの『14歳』(超名作!!!!)そのものですよね。

 ノーラン作品は、かなり個性的で「頭の中どうなってるの!?」みたいな評価をされていますが、本当は色んな作品のオマージュを繋ぎ合わせて作られているオタク的なサンプリングセンスの監督だと、個人的には思うんですよ。タランティーノが過去の名作映画のオマージュを随所に入れるのと同じで、ノーランのサンプリングネタは日本漫画なんだと思います。

 もちろん、パクリだと批判するつもりは全然なくて、DJでいうところのサンプリングの繋ぎの技術は超一流なんですよね。そこを評価するべきだと思います。
 その元ネタオマージュを、嬉々として入れている感じがして、こういうオタクっぷりがとても好きなんですよね。「この場面知ってる? あの作品、僕も好きなんだよねぇ!」という声が聞こえるような気がしてきます。庵野秀明監督の『シン・ゴジラ』もそういう類いの作品なので、近いものを感じました。
 そういえば「時間の逆行」の開発者は既に自殺しているという件、『シン・ゴジラ』でもゴジラを生み出した科学者が冒頭で既に命を絶っているという場面にも共通していますね(さらに言うと、それは劇場版『機動警察パトレイバー』1作目のオマージュ)。

 今作は、SFとして科学的考証があるかのような台詞もあるんですけど、ハッタリだと思うんですよね。正直、ツッコミ所は満載だと思います。順行する時間の部隊と逆行する時間の部隊の挟撃作戦とか、あんまり作戦の意図が分かんないですよね。
 ただ、そのツッコミも含めて色々語り合ってね、というノーラン一流の計算で創られたもののような気もします。
 ノーランは、ただそのシーンを思いついちゃったから、全力で撮っているんだと思います。まず撮りたい! がありきで作成しているというか。「観てみて! このシーンすごくない?」感に溢れていますよね(ノーラン作品は、ほぼそうだと思いますが)。

 未来から来た計画が自分が仕組んだものだったという事実や、自分がどうなるかを知りつつ再び過去に向かうキャラなどは、『ドラえもん のび太の大魔境』に登場する道具「先取り約束機」の仕組みを、凄くシビアに描いたものという印象です。
 つまりはノーランのSFはサイエンス・フィクションというよりも、藤子・F・不二雄イズムによるSF(少し不思議)なんだと思います。だから、ツッコミでも考察でも、色々と語り合いたくなる余白があるように思えます。

 けれど、物語のややこしさに反して、登場人物たちの行動理念が凄くシンプル過ぎて、ちょっと物足りなさもありました。
 主人公は、この理解できない任務に何の躊躇もなく忠実に邁進していて、個人の意思が見えないんですよね。悪役であるセイターの行動動機は単純な自暴自棄の割に、すごく計算高く複雑な犯行だし。唯一、強い意志を持つのが女性であるキャットなんですけど、子を守る母親としてという動機も、まあシンプルですよね。もうちょっとキャラクターの描き方がくっきりしていたら、よりこの世界に入り込めたのにと思ってしまいました。

 まあ、とにかくややこしいこの世界観を楽しむための作品ということだけでも、充分評価に値すると思います。映画作品としてよりも、やっぱり漫画的なワクワク感がある作品ですね。
 そういえば、世界の時間を全て逆行させる「9つのアルゴリズム」について、説明がされた後にセイターが既に全て揃えていて、何か打ち切り決まったジャンプ漫画の急展開みたいで、笑っちゃいました。本当は1つずつ奪い合う展開にしたかったのかな。想像が尽きないですね。


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