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映画『エッシャー通りの赤いポスト』感想 園子温の原点回帰にして新機軸

 園子温作品には、これからもまだまだ期待が高まりそうです。映画『エッシャー通りの赤いポスト』感想です。

※2022/4/10追記
 園子温監督による性加害報道があったため、なかなか今後の作品を期待するというのが憚られる状況になりました。監督の表明では事実と違う部分があるとのことですが、監督の振る舞いの話から聞いても、少なくとも何かしらのハラスメントがあったのは間違いないと感じます。
 園子温監督には今後の姿勢への改めを求めたいと感じていますが、過去の作品に関して、自分が感動したのは事実ではあるので、その評価を取り下げるつもりはありません。また姿勢を改めて作品を生みだすことがあれば、その時はきちんと観て評価をしたいと思います。

 鬼才と評される小林正監督(山岡竜弘)の新作映画『仮面』のオーディションが、とある街で告知される。演技経験を問わず、誰でも参加可能という条件に、様々な人々が反応。浴衣姿の女性劇団員たち、監督の熱狂的ファンで「小林監督心中クラブ」を名乗る女性集団、俳優志望だった亡き夫の遺志を継ごうとする未亡人・切子(黒河内りく)、殺気と暴力を振りまく安子(藤丸千)…。それぞれの人生を懸けて、応募申し込みを赤いポストに投函していく。オーディションに集まった人々は、小林監督と、その昔の恋人・片子(モーガン茉愛羅)の想い出にも大きな刺激を与えていく。だが、映画制作に外部の人間の思惑が絡んでくる…という物語。

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 言わずと知れた園子温監督による最新作。作中の設定と同様に、キャストはワークショップ形式で集められた無名の役者を中心にして、園監督自らがオーディションに参加、その過程で脚本を書きあげて制作されたそうです。
 自主映画出身の園子温監督ですが、そういう意味では最も原点回帰に近いもので、会心の出来と言って良い作品になっていると思います。個人的な2021年ワースト作『プリズナーズ・オブ・ゴーストランド』の撮影前にこの作品を撮っていたそうですが、比較しても意味ないくらいに繋がりがないし、出来も段違い。相変わらず波が激しいというか、作品そのものが情緒不安定な監督ですね。そこが魅力なんですけど。

 オープニングで、登場人物全員が通りを行き交うという場面が出てきますが、これが見事に、エッシャーのだまし絵のような画になっているように感じられて、昨年の駄作とは違う空気にちょっとワクワクしました。
 主役と脇役みたいな区分けはせずに、群像劇の形を取った作品という体で、出てくる人全てが主役であるようなスポットの当て方をしているのが特徴ですね。ワークショップで集まった役者ということで、演技の力量は濃淡がありましたが、今作ではその辺りが必要とされていない映画だと思います。

 大きな声で心情をそのまま言葉にしている台詞回しは、舞台演劇的で映画には向かないものだと思います。実際、映像での比喩表現を好んでいた僕としては、序盤から台詞だらけの進行に、若干辟易としてしまった部分は否めませんでした。
 ただ、無名とはいえ、確実に熱量のある役者たちの演技、それを撮る監督の眼差し(カメラ)に、段々と熱量が伝染っていく快感があったんですよね。

 物語の設定は、あまりリアリティがあるものではなく、寓話的・漫画的な世界観だと思います。だから、そこで入り込めない人にとっては、不自然な台詞や大仰な演技は苦手なものに感じられてしまったかもしれません。
 ただ、園子温監督作品をよく知る人にとっては、この雰囲気こそがという想いを抱いているはずだと思います。今作には、確実に『紀子の食卓』や『愛のむきだし』の頃の、園作品の空気が出ていますね。

 その空気を発しているのは、黒河内りくさんと藤丸千さんの、2人の女性ですね。黒河内りくさんは、黒髪に白シャツ黒スカートと、もろ園子温初期作品におけるミューズのような出で立ちで、二階堂ふみの生まれ変わりのようでした(もちろん二階堂ふみさんはご存命)。
 藤丸千さんが演じた安子のような、暴力性を振り回す女性というのも、園子温監督の十八番ですね。後から知りましたが、藤丸さんは『ミセス・ノイズィ』のキャバ嬢役だったんですね。端役だけどキーマンだったので、印象に残っていました。
 この安子の、破壊的で暴力性があるけど、芯を食った言葉、真実から生まれた詩のような台詞が、前後の物語とは関係なく心に刺さって泣きそうになるんですよね。正しく詩人・園子温の作品だと思います。

 従来の園監督の空気を2人のヒロインが出しているわけですけど、この2人が結託するシスターフッドな展開は、今までの園子温作品にはないもので、新機軸になっていると思います。
 シスターフッドものは、フェミニズム要素が強くなるイメージがありました。園子温監督のように性的要素の強い女性キャラだと、それを描くには難しいのかなと思っていましたが、今作でのこの2人はそれを見事に両立させていたと思います。
 元々、フェミニズム的ではなくても、園子温作品は抑圧からの魂の解放を描いていたので、今作でもそれが地続きになりつつ、新しい境地に達していたように感じられました。

 このシスターフッドに向かう終盤への怒涛の展開が素晴らしい快感になって押し寄せてきます。端から破綻したリアリティのない物語たちの伏線が強引に回収されていって、混沌を究めた展開となりますが、整合性なんてつまらない言葉は知らないと言わんばかりに、クライマックスへ向かうカタルシスを堪能出来ます。
 この終盤への盛り上がりは、久しく園子温作品で味わっていなかったものですが、今作でようやく再び味わうことが出来ました。この空気を出すには、まだ消費されていない無名役者陣のエネルギーでの原点回帰と、今までにない新機軸なテーマという両立があって成し得たものだと思います。

 やはり園子温監督はまだ死んでいないという事を、広く知らしめる傑作だと思います。これほどの傑作作っといて、『プリズナーズ・オブ・ゴーストランド』はあんなにつまんないの、納得出来ないんですけど(マジで誉めるところなかった)、園子温監督の次回作には、まだまだ期待が持てそうです。


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