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映画『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』感想 タイムレスに響くメッセージ

 いやー、良さしかありませんでした。映画『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』感想です。

 1970年代のボストン近郊にある全寮制の寄宿学校では、クリスマス休暇を目前に、皆浮足立っている。生真面目で融通が利かない皮肉屋で、生徒からも同僚からも嫌われている古代史の教師ポール・ハナム(ポール・ジアマッティ)は、休暇中、家に帰れない学生たちの監督役を務めることになる。学校に残るのは、家庭事情が複雑で問題行動の多いアンガス・タリー(ドミニク・セッサ)。それに加えて、食堂の料理長を務めるメアリー・ラム(ダバイン・ジョイ・ランドルフ)も残るという。彼女は学校の生徒だった一人息子を、ベトナム戦争で喪ったばかりで、息子との想い出ある学校でクリスマスを過ごしたがっていた。年代も立場も異なる3人でクリスマスを過ごす内に、奇妙な友情が芽生え始める…という物語。

 『アバウト・シュミット』『ファミリー・ツリー』『ネブラスカ』などで知られるアレクサンダー・ペイン監督による最新作。各所で絶賛され、オスカーでも各部門ノミネートされており、ダバイン・ジョイ・ランドルフが助演女優賞に輝いております。
 正直、公開前までは全くノーマークだったのですが、ラジオ番組「アトロク2」の宇多丸さんの映画批評を聴いて、その熱量にものの見事に感化され、慌てて鑑賞しました。結果、しみじみと本当に観て良かったです。

 物語としては、あらすじ読んでもわかる通り、あまり目新しいものではありませんし、どこか既視感があるものになっています。こう言うと何ですけど、正直展開が最初から読めてしまう作品だと思います。それでも非常に感動してしまうし、まるで、タイトルだけ知っていた古い名作映画を、ようやく観る事で改めてその魅力を知ったような気持ちになれるんですよね。

 あえて、劇中の1970年代に撮影されたかのような古い映像処理をしているのも、その役割を担っているように思えます。これによって作中世界への没入感も増すと同時に、この物語が持つ普遍性、タイムレスな道徳的メッセージが現代でも際立つようになっています。

 それでいて、単にノスタルジックな魅力に浸るという良さだけでなく、作中で描かれている問題が、現代とも地続きになっていて、2024年の我々観客にとっても刺さるメッセージが込められているんですよね。戦争の影、人種差別、ホモソーシャルによる閉塞感、資本主義の競争原理などなど、現代においてもまだはびこっている問題が物語の後ろに透けています。そこが、本当にこの作品をタイムレスな名作に仕立て上げている凄さだと思います。

 主役3人のキャラクター造詣も素晴らしいですが、それを演じた役者3人は、本当に名演だと思います。ポール先生の厳格でありつつもマヌケさもあり、それでいて誠実な姿勢(本当に「誠実」という言葉を体現した人間だと思います)を、ポール・ジアマッティは大袈裟なコメディや過剰な道徳ではなく、極々自然で、ファニーに演じています。こういう嫌われていたとしても、誰かの心の師となる教師というのは、学校に1人は必ず居て欲しいものです。

 アカデミー助演女優賞に輝いたダバイン・ジョイ・ランドルフも、受賞に相応しい演技です。メアリーが抱える苦悩は、正直3者の中でも最も辛いものに思えるのですが、彼女自身はそれと向き合いつつ、ちゃんと人生として受け入れている人間なんですよね。それでいて、ポールやアンガスにも配慮をする、それも決して踏み込み過ぎずに、という距離感が絶妙で魅力的な人間です。彼女が実家を訪れ、妹と語らうシーン、何てことない場面なんですけど、物凄く癒されているのがわかる穏やかな空気感があります。

 そして、アンガス役の本作が映画初出演となるドミニク・セッサ、何でもロケ地となった全寮制の高校で演劇部に所属していて、オーディションで見事この役に大抜擢されたそうです。
 このアンガスを、粗雑なクソガキとして演じながらも、その内面にある繊細さを少しずつ解き明かしていく姿が、本当に愛おしくなってしまう見事な演技になっています。身体はしっかりとしているし、もう大人に見えるんだけど、ちょっとはしゃいだ時の幼さとか、高校生のリアルな雰囲気が出ているんですよね。実際に近い年齢での演技というのもあったでしょうけど、親との確執部分は、ドミニク・セッサの演技力の高さを示すものだと思います。

 3人が抱える苦悩は全く別物だし、共通点があるわけでもないんですけど、それぞれが比較したり卑下したりすることなく、ちゃんと慮った態度になっていく、それでいて踏み込み過ぎず遠巻きに労わる姿が絶妙な感動になっているんですよね。他者に優しくするということの手本になる物語になっています。それでいて、声高に道徳を説くわけではなく、アンガスがポールに伝えたように「怒鳴らずにそう教えてくれればいいのに」という教え方になっているんですよね。

 苦悩が描かれてはいるけれども、重たいものとしてではなく、きちんと良質なコメディとして笑える作品になっているのも大きな魅力です。クリスマスパーティーでメアリーが息子の想いから泣き出してしまう場面なんて、とてつもない哀しみから起こるものなんですけど、ちょっと微笑ましいトラブルにもなっているし、この出来事でポールもアンガスも、ちゃんとした優しさを持つ人間だということも伝わってきます。

 さらに屈指の名場面が、レストランでのデザートの注文をめぐるシーン。アンガスが抱える親への想いが明かされた後で、あの爆笑もののいざこざは最高の場面になっています。そして、ここでもポールとメアリーがアンガスに対する優しさが見えるのが本当に感動的でもあるんですよね。このシーン、爆笑しながら号泣してしまいました。相反する感情を同時に呼び起こす名場面になっていると思います。

 ラストのメッセージ、「頑張るんだぞ」「きみは大丈夫だ」。これも本当にありきたりな言葉なんだけど、この作品では物凄く刺さる言葉に変換されているかのように感じられます。この言葉は、アンガスに向けられてはいますが、実はその言葉を発したポール自身にも向けられているように思えるんですよね。濱口竜介監督の『ドライブ・マイ・カー』を観た時も感じたのですが、人が感動するメッセージは古くから変わっておらず、物語というものはスタイルを変えながらも、そのメッセージを繰り返し伝えるためのもののように思えるんですよね。本作もその普遍的な想いを伝える種類のものであるように感じられました。

 クラシカルなスタイルでありつつ、ノスタルジーではなく現代だから響く物語になっていると思います。劇場で観るのも良いけれども、配信された際に何気なく観てみる、昼間や深夜のTVで何となく付けたチャンネルで観る、そして涙が止まらなくなるという出会い方も似合う作品ですね。これからいろんな媒体で、多くの人の目に触れて欲しいし、誰かの人生にとってのよすがになって欲しい作品です。

 

 

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