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映画『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イブニング・サン別冊』感想 ウェス・アンダーソン嗜好大爆発

 今作は情報量が膨大で処理し切れていないため、作品感想よりも監督作家論になりました。映画『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イブニング・サン別冊』感想です。

 アメリカの新聞「ザ・リバティ、カンザス・イブニング・サン」の別冊雑誌である「ザ・フレンチ・ディスパッチ」は、フランスに編集部を置き、1925年の創刊以来、国際問題からアート、ファッションに美食までと、唯一無二の記事で世界中から人気を獲得していた。創刊から編集長を務めるアメリカ生まれのアーサー・ハウイッツァー・Jr(ビル・マーレイ)は、一癖も二癖もある編集者たちの才能を愛して、自由に書かせることをモットーとして独自路線を確立していった。
 その名物編集長であるアーサーが、心臓麻痺によって急逝。編集長本人のかねてからの遺言により、「フレンチ・ディスパッチ」はアーサーの死と共に廃刊することが決定する。校了直前に最終号及び、追悼号となったその誌面には、どんな記事が書かれていたのか。1つのレポートと、3つの物語記事が、映像によって語られる…という物語。

 「独自性」という点だけなら、世界一といっても過言ではない作家性を持つ映画監督ウェス・アンダーソンの最新作。ストップ・モーションアニメだった前作『犬ヶ島』から4年、実写映画では、『グランド・ブタペスト・ホテル』以来の6年振りの新作になります。

 この監督の特徴として、執拗に整理され線対称を意識した画面作りというものが、全作品で共通しています。建物全体を引きで撮影して、キャラクター人物たちがこまごまと移動しているのもミニチュア感があり「シルバニア・ファミリー」の玩具のような世界を感じさせていきます。
 今作でもその特徴は健在、というか、むしろ過去最高に爆発しています。雑誌記事という体で、オムニバス短編のように3つの物語が描かれているので、別々のミニチュア玩具の世界を3つ並べられているような感覚を味わいました。

 さらに、ウェス・アンダーソンの特徴として、膨大なテキスト量のナレーションというものがありますが、こちらも3つの物語記事が別々の世界を持っているため、尋常じゃない情報量になっていて、ウェス作品でも過去最高に目まぐるしくナレーションが捲し立てられる作品になっております。
 監督ファンである自分でも付いていくのがやっとだったので、ウェス作品初心者向きでは全くないですね。オシャレさに惹かれて何となく観に行った人は振り落とされてしまったかもしれません。

 ウェス作品は、その引きで建物を撮影したようなカメラワークと同じで、物語として人間ドラマを描いていても、各キャラクターにはそれほどクローズアップしないように思えます。描きたいのはあくまで全体像としての世界で、登場人物はその中の一部に過ぎないという印象です。

 ただ、そこに愛着がないかというと、全く違うと思うんですよね。きちんとキャラクターへの愛情、またはその世界に愛が溢れているということも描いていると思います。ただ、通常のフィクションが、そこをクローズアップしてドラマ性を高めるところを、この監督はあくまで世界の一部でしかないという描き方をしているんだと思います。

 オシャレで可愛らしい世界観にそぐわない、暴力や殺人といったネガティブな事象も、同じように描くのもそういうことなんだと思います。これまでの作品にも今作にも、そこそこな暴力・殺人が登場していますが、ちょっと冗談みたいな軽い扱いなんですよね。ただ、決して軽んじているわけではなく、我々が住む世界はキレイなものばかりではないということの証明として、そういう暴力や死も世界の一部として捉えているんだと思います(ウェス作品で若い命が何の前触れもなく失われるのも、現実に在る事という描き方だと思います)。

 癖のある魅力的なキャラ達にも距離感を持って描いているため、観客側がそれを想像して補う余地が発生しているように思えます。画面も台詞テキストも、これほど隙間なく情報で埋め尽くされているのに、「余白」を生み出すというのがウェス作品の面白さですよね。ここがしっかりと映画的な体験にしていると思います。

 今作では特に、キャラクターがたくさん登場していても、あくまで雑誌記事を描くことがメインなため、それほど各個人にフォーカスされていないんですよね。それでも、魅力的なキャラが登場している印象になるのは、それだけキャラのインパクトが強いのと、実力ある有名俳優たちの力だと思います。

 オスカー常連のフランシス・マクドーマンドや、顔面の美しさ現代最高峰のティモシー・シャラメはもちろん、端役でも物凄い豪華俳優を無駄使いしていますよね(良い意味の言葉で捉えてください)。ウィレム・デフォーなんて「あれだけかよ!?」って感じだったけど、あの顔だから効果があるんですよね。俳優に詳しい人が観たら、他にもたくさん気付けたんでしょうね。

 今作で描かれる編集長アーサーの死は、冒頭で前提として語られているせいもあり、今までのウェス作品で最も死を軽く描いていると思います。でも、そうやって軽やかに描くことで、死が決定的な終わりではなく、しばしの別れ、また新たな始まりというものに変化させていると思います。ラストで集まった編集者たちの会話がその象徴となっていますよね。
 エンドロールで流れる「フレンチ・ディスパッチ」のバックナンバーの表紙も素晴らしい演出でした。読んだこともない、存在しない雑誌に、これほど愛着を持たせられるというのは、ウェス・アンダーソンの世界観の作り込みが凄いからだと思います。

 現代映画で独自の表現世界を持つ監督作品の中でも、さらに独特な作品だと思います。やっぱりウェス・アンダーソンの監督作品は追っかけていきたいと、改めて思いました。


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