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映画『プロミシング・ヤング・ウーマン』感想 正しさではなく感情で殴られる一作【ネタバレあり】


 詳しく書くことは避けていますが、読めば何となく解ってしまうのでネタバレ前提としております。映画『プロミシング・ヤング・ウーマン』感想です。

 30歳目前のキャシー(キャリー・マリガン)は、実家暮らしのカフェ店員。夜ごとクラブに繰り出しては泥酔したフリをして、性的な目的で近づく男に持ち帰られた後、行為直前にシラフの顔に戻って男をなじるという制裁を続けていた。
 キャシーはある日、カフェにやって来たライアン(ボー・バーナム)と偶然再会する。ライアンは、キャシーが中退した医学部の同級生だった。真摯な好意を向けるライアンにキャシーは心動かされるが、それと同時に、アル・モンロー(クリス・ローウェル)の近況も知る事となる。キャシーは恋心と同時に、自分と親友ニーナの未来を奪った忌まわしい事件と向き合う事となる…という物語。

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 ドラマシリーズなどを手掛けている脚本家、エメラルド・フェネルによる映画初監督作品。初監督とは思えないほど完成された作品で、アカデミー脚本賞を受賞するなど、絶賛の嵐という高評価だそうです。

 始めに感想を告白すると、いわゆる「面白い」という作品ではなかったんですよね。できれば、もう二度と観たくない作品かもしれません。
 けれども、作品として低評価かと言えば、全くそんなことはなくて、むしろ真逆に位置する凄まじい作品だと思います。できれば色んな人に観てもらいたいくらい。つまりは、この作品の毒(=素晴らしさ)に当てられてしまっている状態なんだと思います。

 自分の中で、素晴らしい作品だけど、辛過ぎて二度と観たくない映画というジャンルがあって、それが高畑勲の『火垂るの墓』と、是枝裕和の『誰も知らない』なんですよね。その系譜に今作が当てはまると思っています。

 本作で描かれるのは「レイプリベンジ」という復讐劇なんですけど、復讐ものって割り切って痛快劇になるか、復讐では誰も幸せにならないと気付いて恨みを捨てるというのが、大枠の伝統的なパターンだと思います。
 これに新しいパターンを打ち出したのが、韓国映画の復讐ものだと思っています。韓国映画では復讐に囚われてしまう事への葛藤は描きつつも、最終的には必ず復讐を遂げるという展開が多いと思います。そういう意味では、今作は韓国の復讐映画に近いものを感じました。

 こう書くと、おどろおどろしいサスペンスや、血みどろバイオレンスなイメージを連想しがちですが、この作品はそれとは真逆に驚くほどポップな画面作りになっており、そのギャップも計算し尽くされた巧みな演出なんですよね。
 キャシーの職場であるカフェや、キャシーのファッションも非常にカラフルでオシャレだし、ライアンとのデート風景なんかは、普通の恋愛映画を観ているような錯覚を覚えます。
 ただ、それが本来ならばキャシーと親友のニーナがおくるべき青春の日々であり、それが失われたものであるという事実が、後半に連れてズドンと重しに変わっていくんですよね。

 この作品は、男たちを断罪するものというのは大前提としてあるんですけど、他の女性や大人など、全方位にその責任があると突き付けています。実行犯だけでなく、それを笑った人、見ているだけの人、忘れようとしている人、全ての人間の眼前に罪をテーブルに置いて見せつけてきているのが最大の特徴です。
 観ている自分は、こんな人間とは違うと思って、引いた立場で観ているわけですけど、その立場ですらも罪に加担しているように思えてくるんですよね。この強烈さに、完全にヤラれてしまい、冒頭の感想に至ったわけです。
 もちろん、自分は酔った異性をどうこうするという経験はないんですけど、そういう状況を横目にして通り過ぎたことはなかったか、その女性たちを自己責任だと軽蔑したことはなかったかと問われると、全く自信がないんですよね。
 作中で起きた事件は、アメリカというだけなく、日本でも実際に起こって報道されている事件と酷似していて、この問題がフィクションでないことは、誰の目にも明らかだと思います。

 キャシーの罠に掛かった人間は、皆、キャシーをイカれていると非難するんですけど、キャシー自身は、物凄く緻密な罠を仕掛けて冷静に復讐を遂げていってるんですよね。これが、イカれているのはこの現実の方であるということを、物凄くダイレクトに提示しているように感じられました。

 キャシーが選択したことを、キャシー自身、正しいとは全く考えていないと思うんですよね。誰も幸せにならないということは分かりきっていたと思うんですよ。ニーナでさえも、それを望んでいないということも分かったうえで、それでもあの選択をするしかなかったように思えます。結局、自分が前を向いて幸せになろうとすること自体が、男たちと同じくらい許せなかったんだと思います。

 自分がキャシーに近いところにいる人間だったら、必ず引き留めようとはしたと思うんですけど、何を言って説得したら良かったか、考えてもどうしてもわからないんですよね。キャシーの両親の愛情、ニーナの母親の気持ちを考えたら止めるべきだとは思うんですけど、何を言えば良いのかは、どうしても思いつかないんです。それが哀しくって仕方ないんですよ。


 出来ることは、こんな思いをする人間が出ないように、現実の世界を生きていくことだけですよね。精神的に殴られたような渾身の一作品でした。


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