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映画『ボーンズ アンド オール』感想 答えの出せない究極のマイノリティを描くロマンス物語

 好きな漫画が元ネタにあるのを感じると嬉しくなってしまいます。映画『ボーンズ アンド オール』感想です。

 生まれつき他人を喰べる衝動を抑えられない少女マレン(テイラー・ラッセル)。18歳を迎えた頃、寄り添ってくれていた父親が出て行き、代わりにそれまで教えてもらえなかった母親の情報を託される。自身の出生を探るべく、旅に出たマレンは、同族であるというサリー(マーク・ライランス)と出会う。サリーはマレンに同族の匂いの嗅ぎ分けや、人喰いの生き方を教える。だが、マレンは不気味なサリーを受け入れられず、独りで旅を続けることを選ぶ。インディアナ州に到達したマレンは、そこでも同族のリー(ティモシー・シャラメ)と出会う。リーに親近感を覚えたマレンは、彼と行動を共にし、母親の出身地であるミネソタ州へ向かう…という物語。

 『君の名前で僕を呼んで』、リメイク版『サスペリア』で知られる、ルカ・グァダニーノ監督による最新作。カミール・デアンジェリスという作家の同名小説を原作にした物語のようです。
 グァダニーノ監督は、リメイクの『サスペリア』が、古典的ホラー作品を大胆にアレンジして難解なアート作品にしていたのに興奮させられた体験もあり、気になっている監督の1人です。
 
 今作では、人を喰う「カニバリズム」をテーマにしており、古くは『食人族』、近年ではイーライ・ロス監督の『グリーン・インフェルノ』なんかに代表される題材です。
 けれども今作は、やはり典型的なホラーではなく、人喰い人種をマイノリティとして扱うラブロマンス作品になっています。そういう意味では、同性愛者を扱った『君の名前で僕を呼んで』に連なる作品だと思います。メインキャストにティモシー・シャラメを再起用していますしね。
 
 今作で描かれる「人喰い」たちは、食欲からのものではなく、もっと別の欲求から人を喰う生物として登場しています。人間以外の食べ物を摂取して生きることは出来るけど、抑えられなくなる時があるという欲になっています。三大欲求とは別の第四の欲求のように見えますね。強いて言えば性欲に近いものとして描かれているようです。
 そして、主人公であるマレンとリーは食人であることに人間的な罪悪感を抱いている点が大きな特徴です。
 
 この部分がホラー的ではない今作の特徴になっていますが、ここを含めて随所に日本漫画の影響を感じさせます。マレンとリーが出会う同族の、価値観の違い、生活スタイルの違いは、岩明均さんの名作『寄生獣』に登場する人喰いの寄生生物たちを想起させますし、サリーのように自分の道連れを欲している姿は、萩尾望都さんの名作『ポーの一族』のエドガーとアランのような生活が理想だったように思えます(こちらは不老不死の吸血鬼ですが)。
 ただ、罪悪感を抱く人喰いという設定は、冨樫義博さんの『レベルE』で登場した人を捕食する宇宙人のエピソードである「見えない胃袋」の設定にインスパイアされたものだと思います。原作者のカミール・デアンジェリスは1980年生まれの世代ということを考えると、『レベルE』から影響を受けているのは断言してもいいくらいの高い可能性があると思います。
 
 今作の人喰いは、遺伝するものとして描かれていて、それが家族を持つことへの障害、あるいは嫌悪として描かれています。ここには出産が出来ない同性愛者の人々、虐待を受けたトラウマで家族を持つことに恐れを抱く人々などを、重層的なメタファーで描いているように感じられました。
 
 「人喰い」となると、LGBTQの人々よりも遥かに感情移入しにくいように思えますが、どんなマイノリティにしても、当事者と当事者でない人との距離感というのは、本当はこれくらい離れているものという描き方にも思えます。マイノリティに限らず、他人を理解するよう努力することは大切だけど、全てわかった気になるというのも時に相手を傷つけることになります。
 グァダニーノ監督が描く異端の者たちは、感情移入をさせて理解するための描き方ではなく、むしろ観客から距離を置いてもらい、その上で知ってもらうための描き方のように思えます。
 
 ただ、肝心の人喰いの場面が、ややディテール不足にも思えてしまったんですよね。どの人喰いのキャラも、明らかに喰い方が雑というか、証拠が出てしまう喰い方なんですよね。身体にそのまま齧り付いては、皆血塗れになっていますが、服にあれだけ血が付いたら、洗濯しても簡単には落ちないだろうし、1980年代の設定とはいえ、あんなに派手に血の跡があったら捜査されると思います。

 本来、人間の口は、あれだけの量の肉食をするように出来ていないと思うんですよね。だから、食材を調理するという文化が発展したんだと思います。
 『寄生獣』の寄生生物は、人を食べるために顔が口に変形するので、「食べ残し」がなく処理することが出来ているし、『レベルE』での人喰い宇宙人も、血を吸い取って干からびさせてから「食べ残し」なく平らげているんですよね。少なくとも、血が噴き出さないように絶命させてから処理するべきなんじゃないですかね。生血を飲むことも重要だとするなら、血抜きなどの処理をして別に摂取するという方法を考えるべきだと思います(自分で書いていて、頭おかしくなったのかと思いますが)。
 この辺りの人喰い描写は、メタファーの一種、この作品そのものが寓話だとするべきなんでしょうけど、どうしてもオマージュネタである漫画作品と比較してしまいノイズになってしまいました。
 
 主演2人の繊細な演技はとても良いものでした。特にティモシー・シャラメは今作ではイメージと違うワイルドな不良っぽいキャラ、さらに人喰いという暴力性のある人物なのですが、そのマッチョな部分を強調すればするほど、本来の繊細さが滲み出るように際立つという演技で、顔立ちの色気だけでなく存在感が稀有であることを証明しています。それを包み込むようなテイラー・ラッセルも素晴らしいものでした。

 ただ、この2人以外の同族は、いわゆるホラー的なキャラクターの人喰いだったので、そこもどうなのかなと感じてしまいました。サリーは、人喰いとは関係なしに孤独感から発狂してしまった人間的なキャラとも言えますが、ジェイク(マイケル・スタールバーグ)とその相棒の2人組はいかにも猟奇的な人喰いというキャラで、そこも今一つ物語に踏み込めない点でもありました。
 
 物語の結末そのものは、割と小綺麗にまとめてしまった印象で、扱っているテーマ以上の衝撃はありませんでした。結局、人喰いというマイノリティに対して、何の解決もせずに、距離感を抱かせたままで幕を閉じてしまった印象です。
 『レベルE』で描かれていたエピソードの結末でも「言える事など何もないのだ」という言葉で締めくくられていましたが、まさにその通りの感想を抱いてしまいました。オマージュしているとはいえ別作品なので、そこに何か別のメッセージがあってもよかったのではと惜しい気持ちも抱いてしまったのが正直なところです。


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