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映画『辰巳』感想 泥臭く描いた「情」の物語

 世界観の没入感、湿った邦画的感情の描き方が本当に巧みな作品。映画『辰巳』感想です。

 裏稼業として、組から死体の処分を任されている辰巳(遠藤雄哉)。ある日、元恋人の京子(龜田七海)に強引に頼まれ、その妹である葵(森田想)が犯した不始末の仲介をさせられる。狂犬のように周囲に噛み付く葵に手を焼きつつも、事なきを得た辰巳だったが、2人が自宅に戻ると、そこでは京子の夫である茂(渡部龍平)が、組員の中でも凶暴で有名な武(松本亮)と竜二(倉本朋幸)の兄弟に襲われていた。茂は組の金に手を出して、兄弟に目を付けられていた。茂と共に京子も凶刃に倒れ、辰巳は葵と共に、傷ついた京子を抱え逃げ出す。間もなく京子は事切れ、怒りに燃える葵は復讐を決意するが、組に属している辰巳はどうすることも出来ない。兄貴(佐藤五郎)を仲介にして、武と話をつけようとする辰巳は仕方なく葵の居場所を教える。だが、辰巳を尾けていた葵が武を刺し殺したことによって、辰巳の立場は危うくなっていく…という物語。

 2016年に公開された『ケンとカズ』で、長編デビューにして大絶賛を受けた小路紘史監督による第2作。8年振りの2作目ということで、『ケンとカズ』を観逃していてそのまま来てしまっていたので、劇場でやっている内に観ておきたいと足を運びました。

 世界観はいわゆる、「ヤクザもの」「ノワールもの」に分類されるものですね。エンタメに振り切るか、しみったれた落ちぶれヤクザものになるしかないのが、このジャンルの現状だと思います。ハリウッドや韓国映画なら、ヤクザが幅を利かせているのが受け入れられるんですけど、日本だと、そういう描かれ方をすると途端にリアリティが無くなってしまうように思えます。暴対法によって裏社会が無くならずとも、目立たないように息を潜めているというのが本当なんだと思います。

 そういう意味では今作は、どちらかと言えばしみったれた方のヤクザものなのですが、きちんとエンタメ色もあり、かなりの緊迫感ある暴力ヤクザのシーンでも、さほど醒めることなく没入させることに成功していると思います。
 それは、辰巳が連絡手段として使うのがスマホではなくガラケーという点だと思います。このアイテム1つで、年代設定がいつなのか、絶妙にボカしているんですよね。だから、揉め事に警察が介入してこないのとか、町全体がヤクザ村のような雰囲気とかが、絶妙なラインで受け入れられるようになっているんですよね。この使い方はとても巧いやり方だと思います。

 本作は一見、『レオン』『アジョシ』なんかに連なる物語にも思えます。いたいけな少女の復讐のために、過去に傷のある中年男性が奮闘するというものです。しかし、本質的にはかなり違った独自性を持っている物語になっています。辰巳はあくまで葵に復讐を遂げさせるための助け舟を出すだけの役割なんですよね。序盤で葵がシャブを盗んだ事に対しても、あくまで本人に尻ぬぐいをさせており、その姿勢は最期まで一貫していると思います。

 さらに、葵というキャラクターが、「いたいけ」とは程遠いものなのもインパクトがあります。誰彼構わず唾を吐きかけて、計算を全くすることなく噛み付くまくる姿は、狂った野良犬そのもので、辰巳がなぜこの少女を助けるために危険を冒すのか、疑問に感じられてしまうほどです。
 竜二というキャラクターも独特ですよね。誰彼構わず殺してしまうというのは、実は葵の行動とも重なる部分があるようにも思えます。殺しに快楽を感じている狂気性を持つキャラは、悪のカリスマみたいな雰囲気を与えてしまいがちですが、そんなカッコよさは微塵もなく、三下チンピラがそのまま殺人鬼になったような雰囲気は、あまり見た事のないキャラクターに仕上がっていたと思います。演じた倉本朋幸さんは役者ではなく演出家だそうですね。上映後にあったトークショーにも登壇されていましたが、竜二のキャラとは全くかけ離れた低姿勢っぷりに逆にビビりました。

 キャラクター造詣と共に関係性の配置も非常に巧みなものになっています。姉を殺された葵、兄を殺された竜二、そして弟(藤原季節)を喪った過去を持つ辰巳という三者によって物語が動く仕組みになっているんですよね。
 先述の辰巳の行動動機は、喪ったシャブ中の弟と葵を重ねているのは当然そうなのですが、それだけでは説明がつかない部分もあります。個人的には、葵と竜二が自分よりも年上の片割れを喪っているのに対して、辰巳だけ年下の片割れを喪っているんですよね。だから、上を喪った人間とはまた別種の想いが、辰巳をあのような行動に駆り立てたのではないかと思います。
 少女の手を血に染めさせるという倫理観の壊れ方は、韓国ノワール映画以降の影響にある作品という感じがしますが、ただそこまで冷徹なドライさはなく、全編通して、湿った「情」の雰囲気はやはり伝統的な邦画の空気を纏った作品になっています。

 トークショーで、小路紘史監督は、次はラブコメが撮りたいと言われていましたが、かなり独自性を持った監督なので面白いんじゃないかと思います。次回作は8年後とか言わずに、すぐにでも公開してもらうことを期待したいと思います。


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