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ロリータちゃん、アフリカに行く

はじめまして

YUKAと申します。

私はMélanger-Étranger Africa×Lolitaというアフリカ布を使ったロリータファッションブランドを立ち上げました。

何故アフリカなのか?

何故ロリータなのか? 


その経緯や想いを伝えられたらと思います。


唐突ですが、皆さまはロリータファッションは好きですか?


ロリータファッション

皆さまがイメージされるのはフリフリのレースや膨らんだスカート、パステルカラーのワンピース、クルクル巻かれた髪の毛、子どもの頃に物語に出てくるドレス、もしくは全身黒のゴシックロリータでしょうか?

私はそんなロリータに憧れる20代でした。

少ないお給料を貯めて、思い切って買った1つしかないロリータ服を、何度も身に纏い、つけまをして、金髪のウィッグを被り、そして原宿を闊歩する。

友だちと笑い合う時間が仕事のつらさを紛らわせた。

音楽も好きで、ライブがあれば気合を入れてロリータファッションを身に着け、オリジナルの衣装とウィッグでひたすら自分の音楽への愛を表現していた。

いつもと違う、誰かと少し違う、自分だけの世界を表現したい、私はそんなロリータちゃんだったと思う。


「いつもと、誰かと少し、自分だけの」 

もしかしたら比較している言葉かもしれない。


実はロリータが好きであることを周りには言えず、こっそり駅で着替えて違う自分を楽しむ、小心者だった。


その当時長年付き合っていた遠距離の恋人がいて、ロリータや音楽の趣味に理解をしてくれた。

この趣味も結婚まで、それまで思い切り楽しもうと文字通り思い切り趣味を楽しんだ。

そして、突然のサヨウナラ。

フラレてしまったのだ。

そして仕事も辞めることになってしまった。

相手の場所に行くために結婚するから辞めると言った有給消化中のことであった。

まぁ、人生いろいろありますよね!!


向こうを責めるつもりはありません。

それも人生です。


人生を支えていたものが崩れて、自分が好きだったものも応援できなくなり、ゼロになりました。


ゼロになったなら、また振り出しに戻って自分を探せばいい。


今したいことは何だ。

今できることは何だ。

今しかできないことは何だ。

自分に何が出来るんだ。


大好きだった音楽で学んだのはなんだったか。

人にやさしく。

生きてく強さ。


ボロボロになった私でも、必要とされるなら、何か力になれることがあるなら、その場所に行きたい。


頭によぎったのはライブ後に訪れた東日本大震災の被災地でした。

自分にできることがあるかもしれないと情報を集めました。

宮城県南三陸町を中心に活動行っているを一般社団法人 東北ファミリアさんの活動に参加させていただきました。


それまで、心のどこかで「ボランティアするひとはすごい人で私には敷居が高い」という思いと、別れた相手がボランティアに否定的な反応をしたことがあったため、ボランティアを見て見ぬ振りをしていました。


東北へ行き、ボランティアをし、自分の中で何かが変わりました。

ボランティアはやろうと思えば入口は広く、何をやるかによるが、できないことはないということ。

できるかできないかではなく、やるかやらないかだ。


これはきっと、人生も同じ。

次に、私が目指すべき目標は何だ。

この時代で、この国に生きる私が、できることは何だ。


小学生の頃、難民について調べたことを思い出しました。

海外へ行こう。

海外で生活をしたい。

平和と安全だからできること。

そして、ボランティアも続けたい。


電車の中で気になっていた青年海外協力隊(今のJICA海外協力隊)を受けてみることにしました。


英語は英検2級レベルで途上国で、そもそも生きて帰れるのかも不安だったけど、セミナーに何度も参加し、自分の心と向き合い、懸念材料を消していった。


それまで一度しか海外に行ったことがなく、かなりの箱入り娘だったが、親を説得して受検し、無事合格することができた。 


ボランティアの赴任先は西アフリカのベナン共和国だった。


どこ?フランス語?


まぁ、福祉の活動ができれば何とかなりそうかな…


協力隊に必要な70日間の語学訓練を終え、出国4日前に火傷して出国が3週間程遅れるハプニングがあったが、何とかベナンに行くことが出来た。


最初の印象は

みんなおしゃれでかっこいい!


もちろん不安しかなかったが、それよりも堂々と派手な布を纏い、髪を編み上げ、スタイル良く歩くベナン人に圧巻された。


これが私のアフリカ布との出会いでした。

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