命について思うこと
私はここ数年間、人とその他の生物の命について思い悩んでいることがあります。
今日はその悩みを皆さんと共有して、もしよければコメント欄で意見交換などできたらいいなと思っています。
まず、私がここ最近で違和感を覚えている言葉を紹介します。これは、今まで生きてきて何度も耳にした言葉です。
「命に大きいも小さいもない」
「動物にだって平等に命がある」
「尊い命を奪うのだから感謝しなければいけない」
と、まぁこんな言葉たちです。
正直私はこの考え方に疑問を覚え、「本当にそうなのかな?」と考え続けています。もちろん結論が出るはずもなく主に私の中の2つの考えが矛盾しており頭を混乱させています"(-""-)"
私の考えが必ずしも正しいと思っていませんし、私の知らない情報や事実をもとに新しい考えが生まれるのでは?とも考えています。是非あなたの意見も聞いてみたいです。
1つ目
私の思うこと一つ目は犬・猫など日本ではペットとして飼われている動物たちについてです。
年間10万頭以上の犬猫が殺処分をされている事を数年前に知りました。それを知った当時の私は、「なんてひどいことを!!」と捨てた飼い主たちに怒りの感情が湧いていました。
生半可な気持ちで動物を飼って「大きくなりすぎたから」といった無責任な理由で捨てて尊い命を奪う。なんて卑劣な行為なんだと思っていました。
中には、「経済的に厳しくなったから」という人もいるそうです。
しかし、自分の新しい家族として迎え入れたくせに捨てるなんてどんな理由でも決して許すことはできませんでした。
YouTube等で動物の保護施設の映像を見た時、多くの犬猫が狭いガス室で殺処分されていました。
その中には、自分がこれから殺されるとも知らずにスタッフの方に駆け寄る子もいました。
その姿をみて、本当にかわいそうだなと心底心が痛みました。
またYouTubeの動画コメント欄では、「犬猫を飼う前にその現実をもっと教育したほうがいい」、「ペットを飼うための免許や義務が必要ではないか?」、「本当にかわいそうだな、せめて天国ではいい飼い主に飼ってもらってね」といった言葉で溢れていました。
それらの意見には賛否両論あると思いますし、その全てに私も賛同しているわけではありません。しかし、それらすべての意見は犬猫を思った人たちの意見であることに変わりはないと思います。
私も犬猫の殺処分が少しでも少なくなればいいなと考えています。また、そのための対策はやはり必要だなと思います。
2つ目
お前同一人物か?と思われるかもしれません。それほどに矛盾?した意見です。
まず最初に、冒頭で紹介した言葉、
「命に大きいも小さいもない」
「動物にだって平等に命がある」
「尊い命を奪うのだから感謝しなければいけない」
ですが、正直私はこの言葉が嫌いです。私にはきれいごとにしか聞こえないからです。
人間は弱肉強食の食物連鎖の頂点で、あらゆる他の動物を支配しています。
いくら動物を愛していたって、ペットとして売買したり、動物園に閉じ込めています。
「愛情をもらってうれしそうにしているペットだっている!」
「動物園では動物の保護や繁殖の手伝いだってしている!」
わかります。YouTubeや動物園でその姿を見て私は癒されるのですから。しかし、それはやはり人間による支配だと思います。また人間のエゴだと思います。
ゴキブリを見つけたら多くの人は即退治しますよね、牛肉や豚肉も世界中で食べられていますよね。その他の生物だって食用だったり、実験用であったりとその生を奪われていますよね。
それで本当に「命に大きさなんてない!」と言い切れるのでしょうか。
また、都合よく犬猫の命だけ奪われたときに「かわいそう」とか「捨てたやつが許せない!」と思うのは何か違う気がしてきました。
以前この話を両親にした時、「牛や豚は食べ物として尊い命を奪っている。だから感謝して残さず食べなさい」と言われました。
でも結局、命を奪っている時点でその命は平等なのでしょうか?結局弱肉強食で弱き者の命をどうするかは強き者の判断に委ねられているのではないでしょうか。
何が言いたいのか、本当に最低なことを言いますが、
「どんな生物が死のうが、殺そうが、捨てようが、多くの人間に害がなければどーでも良くね?」
犬猫が殺処分されたときのみかわいそうだと考えるのは、日本ではペットとして飼う人が多いからというだけではないでしょうか。
どこかの国では犬猫を食べる文化があるかもしれません。どこかの国では豚・牛・馬など食べない文化もあるでしょう。
まとめると、犬猫が10万頭以上年間で殺処分されている?豚や牛だって理不尽に命奪われてるし、犬猫は愛玩用、牛豚は食用として死んでるだけじゃん?どちらも人間の都合で殺されてるだけだし別によくね?ってことです。
人間の場合
少し話はそれますが、上記に少し似たような考えを人間にも持っています。
ここ最近、有名人や若者が自死したという報道をよく耳にするようになりました。
私はそれを見て、どうでもよくない?と考えてしまいます。それは、私の自死に対する考え方もあるのかもしれません。
もちろん、気の毒だなと少しは考えますがそれ以上は考えません。何故なら、世界中では今この瞬間にだって何人もの人が亡くなっているはずですし、有名人だからとか関係なくて自分にさほど関係のない人間が亡くなったところでなんとも思わないからです。
どの国で犬猫が食べられていようがそれは文化だしかわいそうではない。日本では豚や牛が食用として殺されているけど文化だからかわいそうではない。
つくづく自分は最低な人間だなと感じます。
まとめ
少し話がそれてしまいましたが、話をまとめると
「犬猫がこれ以上殺されるのは耐えられない何か対策を!」
VS
「結局人間が他の生物支配してるしどうなろうと関係なくね?」
という2つの考えが私の中でぶつかり合っているという話でした。これはかなりの極論だと思いますし、決まった正解があるわけでもないと思います。(人によって答えは異なる)
私はイッヌが大好きです。小学生の高学年の時には「いつか犬を飼ってみたい」と考えていました。今もいつか飼えたらいいなと考えています。
ただ、犬を迎えるのであれば、幸せにしてあげたい。そのためにはやはり金銭的に余裕がないといけない。犬に関する知識だって半端なままではいざというときに守ってやれない。
この考えからまだ飼えていません(;'∀')
今はいつか犬を飼う日を想像して一生懸命色々頑張れています。
是非、あなたの考えを教えてほしいです。冒頭で伝えた通り、私の考えが必ずしも正しいとは決して考えていません。考えるほどに考えが変わっていきますし、知識も乏しいですから皆さんの意見も聞いて見たい。
そう純粋に思ったので今回私の2つの意見を共有させていただきました。気分を害された方がいましたら、申し訳ありません。
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