見出し画像

大学広報DXの現状と新しい取り組みへの課題

2025年の崖が来年に迫っています。多くの企業ではコロナ禍を機にさまざまな業務システムを刷新し、また対顧客、対マーケットのコミュニケーションをデジタル化してDXを進めています。
各大学の広報部門もDXに関する情報を集めたり、施策の検討を進めています。

しかし、大学・専門学校の学生募集の現場ではDXがなかなか進んでいないのが現状です。本記事では、筆者の経験をもとに大学広報の現場での実務とシステムの現状、また各大学の広報担当が取り組んでいる新しい施策とそれを阻害する課題について解説します。
大学広報を対象とするさまざまな広告代理店や教育メディアからMA(マーケティングオートメーション)やLINEの活用などのDXに関する提案が多いですが、本当に効果を出せる学生募集広報のDXとはなにかを考えましょう。


大学での学生募集広報の業務の現状

高校生・高校生保護者、高校を対象とする学生募集広報ではフェーズごとにさまざまな募集広報の業務が行われます。

  • 高校生・保護者のかたに大学の存在を知ってもらう「認知」の段階
    大学名を認知してもらう段階では大学名・大学で何が学べるか・どこにある大学かといった内容を広く周知し、少しでも多くの新規層に学校の存在を知ってもらう必要があります。従来の手法ではスタディサプリ進路、マナビジョンといった教育系メディアへの大学情報を掲載や、エリア・学年・学問系統などを対象として大学を紹介するDMの発送などの手法があります。最近ではSNSを活用し情報の拡散による大学名の認知向上を行う大学も多くなってきています。

  • 大学HPなどで大学について調べる「興味・関心」の段階
    この段階では多くの高校生がスマートフォン等で大学のHPや、高校の進路指導室にある大学紹介冊子、パンフレット請求などを用いて大学について調べます。各大学はHPの情報の充実やパンフレットの掲載内容のブラッシュアップなどを行い、より良い印象を与えられるよう試行錯誤します。受験生サイトの構築や、デジタルパンフレットの導入などを活用しDXを進める大学が多いです。
    この段階で受験生は「学問」そして「偏差値」を調べて、志望校の検討をフィルタリングするため、この段階で検討校から外れる大学も多いのではないでしょうか。

  • イベント参加による「検討」の段階
    オープンキャンパスや体験授業、個別学内見学に参加し、実際にキャンパスを見て複数の検討校との比較を進めます。最近はオープンキャンパスなどのコンテンツに工夫を加え、聴講型の体験授業だけでなく、体験型やワークショップなどを取り入れる大学も多くあります。コロナ禍を機にオンラインによる個別相談や、動画でのキャンパスツアーなどDXが大きく進んだ分野でもあります。個人的にはこの来校者に対する出願歩留まりは、コンテンツの試行錯誤でも軽微な影響しか与えられないという感覚があります。

  • 出願をする「購買(受験)」の段階
    大学への志願を決め、実際に受験する段階です。各大学は入試制度の改革や、入試科目の変更を加え受験生に選んでもらいやすい入試を設計します。大学全体でオンラインでの出願が進んでいるため、web出願のプラットフォーム活用や大学個別のオンライン出願システムの導入などを行いDXを進めます。

現状の大きな業務の流れ・活用されるシステムを解説します。

資料請求発送・個人情報管理

多くの大学・専門学校はパンフレットや入試ガイドなどの資料請求数を募集進捗のKPIと置いていることが非常に多いです。大学HPからの資料請求の申込み、リクルート(スタディサプリ)・ベネッセ(マナビジョン)のといった進学メディアに出稿し資料請求申込みなどを受け付けることにより、大学の情報を高校生・保護者に伝え、リードを獲得することできます。

10年近くメディアの出稿を管理してきましたが、メディアからの資料請求数は各メディア会社の投資により増減するため、厳密には資料請求数はKPIとして機能しないと感じていますが、大学内では長年使われている分かりやすい指標として資料請求数が活用されます。
また、現時点では大学のパンフレットやDMなどまだまだ紙媒体を用いていることが非常に多いです。これは大学・専門学校業界をターゲットとするメディア業界に少し踊らされている感じですが、対高校生であればまだまだ紙メディアは有効であると筆者も実感しています。
規模が大きな大学になればなるほど資料請求の数が膨大となるので、個人情報DBの管理や発送代行などの業務は外部にアウトソーシングしていることが多いです。

資料請求⇒DBへの登録⇒発送のフローのなかで大学担当者が直接行う業務が少ないため、大学担当者があまり意識していない領域でもあるかもしれません。大学担当者は期中の指標として、発送代行業者と共有している学生募集システムを用いて、学年別・期間別・高校ランク別の資料請求数を確認することが主な業務と言えるでしょう。

また、企業で活用されるSFAやCRMのシステムではなく、教育業界独自のCRM(マイナビ社AOLなど)が活用されることが多いです。一部の大学を除きsalesforceなどが使われることは現状まだ少ないと言えます。理由としては、学生募集でのリード取得時に求められるデータとして「高校名(高校コード)」「学年」「高校ランク・偏差値」といった独自項目が多く、また高校生が入力するため表記ゆれが非常に多い点があげられます。
逆を言えば、EFOツールとして上記の点が押さえられれば企業向けSFA・CRMも活用が進むでしょう。高校コードは大学入試センターが管理しているので、APIなどで入力時に他のDBから取得するなどの仕組みは比較的簡単だと思いますが、業界が狭いためなかなかシステムの改良に投資する企業もないのが現状でしょうか。

オープンキャンパス等のイベント管理

学生募集として多くの人がイメージするものがオープンキャンパスなどのイベントでしょう。春休み・夏休みといった高校生の長期期間に行うことが多く、イベント参加者の出願率も高いため、イベントに注力している学校も多いことでしょう。

多くの大学がコロナ禍に事前予約制へとイベントの申込み形態をかえていきました。当時はイベントへの人数制限、クラスター発生時の参加者への連絡などの状況からオンライン上でのイベント申込みを受付けていました。こちらも上記同様に企業のイベント申込みシステムなどが用いられることは多くありません。フロムページ社のOCANsや、中小規模の大学・専門学校ではDoorkel社のSchooLynkといった学生募集独自のシステムを採用する学校が多くあります。大学のオープンキャンパスも複雑化してきているため、学科別のタイムラインや、各講座別の人数定員設定・同伴保護者数の管理などが必要なため、少し複雑なイベント管理システムが必要となります。

学生募集の担当部署ではイベント管理システムが一番導入されているシステムではないかと思います。また、本来であれば上記のCRMへ申込み情報・参加有無のステータスが直結でDBに反映されることが理想ですが、一部のシステムを除いては一度CSV等で申込みデータを吐き出し、資料発送アウトソーシング企業への送付等でデータを蓄積していきます。企業で活用されるシステムと違い、教育業界が使用するシステムは外部システム連携がまだ開かれていないことが多く、複数の自社システム導入を前提とし囲い込む方針が多いのが現状です。
年度末には資料請求・イベント参加者DBと出願情報を突き合わせ、募集分析を行うことが多いです。

出願管理・入試システム

こちらの出願・入試フェーズに入るとマーケティングシステムというよりは基幹システムや業務システムに近いものが使用されています。

  • web出願システム
    近年はオンラインでの出願が普及しており、ほとんどの大学がなにかしらのweb出願システムを使っているのではないでしょうか。
    受験生がオンラインから出願入試、科目や出願学科等を選び、出願に使用する証明写真のアップロード、受験票のダウンロード、クレジットカード等での支払いまでを行うシステムです。求められる要件として、入試改革に積極的な大学の入試は「3学科以上の併願であれば割引」「科目によって併願できる学科が異なる」「xx学科に出願する場合、xx学科の併願無料」「総合型選抜に出願していれば一般選抜の検定料割引」などさまざまな制度を設けているため、システムでの制御も複雑になり、保守・運用コストが高くなる傾向があります。
    また、全ての出願作業がオンラインで完結するのであれば良いのですが、高校からの調査書は紙で別送する必要があり、調査書を目検で確認しシステムのステータスを更新するといった業務が入試業務の大きなボトルネックと言えるでしょう。

  • 入試業務システム
    入試の実施にあたり出願者のデータ管理、入試準備のための教室配当、マークシート形式の回答データの読み込み・採点、入試要項に沿った素点の傾斜・配点、合格ラインの設定による合否判定など要件に応じて機能が複雑になります。
    また、こちらの入試業務システムから教務システムまでデータが繋がっている場合が多く、各マスタの年度更新など煩雑な業務が多い領域でもあります。こちらも毎年入試改革を行っている大学では、保守・運用に大きなコストがかかっており、過去の入試処理のノウハウがすべて構築されているためリプレイスもしづらいシステムです。

  • 入学手続きシステム
    こちらは合格した学生が学費の入金を行い、入学後の保証人情報の入力、書類のダウンロードなどを行うシステムです。web出願と同じシステムのモジュールとして使用する場合が多いかと思いますが、入試業務システムでの合格者マスターと連携する必要があり、このマスター連携も業務の大きなボトルネックです。

大学学生募集DXを進めるうえでの実体験

筆者も大学広報や入試のデジタル化やツールの導入などを多く行ってきましたが、企業とは違った大学広報ならではの課題も多く推進に苦労した部分もあります。教育メディアは企業目線での施策を提案するが実際に実施した後に、ボトルネックが見つかり頓挫することもあるため注意が必要です。

受験サイトの構築

こちらは比較的手が付けやすい施策ではないでしょうか。実際に高校生は日常的にスマートフォンを使用しており、オンラインでの情報収集が中心になっています。
その為大学公式HPとは別立てで受験生サイトを構築することが、小回りよく高校生向けの情報発信ができます。また、会員サイトにし会員のみの特典として過去問の閲覧などをできるようにし、受験生の囲い込みに活用する大学も多いかと思います。

  • メリット
    高校生を対象とした情報に特化できるため、入試情報などを発信しやすいといえるでしょう。また、学生スタッフなどに依頼し情報発信を強化することで学生目線の情報を集約することが可能です。

  • デメリット
    こちらは専属の担当などが広報部門に必要となり、更新・メンテナンスの工数が必要になります。また、年度ごとに入試情報などの更新が必要となり、公式HPと二重管理になりやすいなどのデメリットがあります。

そして、私がなによりも重要だと思うことは「受験生サイトの構築をしただけでは志願者は集まらない」ということです。
なぜなら受験生サイトでなくとも大学HPを定期的に見に来る高校生は出願歩留まりが高く、サイトの良し悪しでは出願歩留まりに軽微な影響しか与えることができません。専門学校・短大などの比較対象が「学校の面白さ」である場合は良い施策かもしれませんが、大学の場合はサイトの魅力以上に「学校ブランド」「偏差値」「立地」「学問系統」といったスペック情報で判断されていることが多いため、受験生サイトに力を入れれば受験生が集まるというわけではありません。
どう新規層にリーチするかが最も大学広報に置いては重要と言えるのではないでしょうか。単に受験サイトを作るだけでなく、受験生サイトを基軸とし、リスティング・SNS・動画などさまざまなオンライン広告に導線を張り、新規層に届けることが何よりも効果を発揮します。

SNS運用

こちらも多くの学校が取り入れている、もしくは検討している施策かと思います。大学の経営層も分かりやすいため予算がつきやすいものでしょう。
私も大学の担当として新規のSNSを開始しましたが、他の大学と運用を目指し、大学の情報を極力発信せず、受験生に役立つ情報をキュレーションし発信しつづけるというものでした。結果として数万のフォロワーを獲得することができました。しかし、こちらも志願者増に直結という結果ではありませんでした。
SNSでは美容系の専門学校、ゲーム・アニメの専門学校などは効果が出やすいといえるかと思いますが、こちらも上記同様に大学といったアカデミックな面が求められる学校においてはすぐに効果が出るものではありません。
コンサルなどを活用している大学は、提案を受けることが多いかと思いますが大学として「なにをKPIとするか」は必ず注意してください。大学名の認知向上と割り切るか、もしくはイベント参加を目指すかなどKPIにより施策の評価が異なります。ちなみに「フォロワーをxxx人にする」は志願者に繋がらない可能性が大きいです。

MA(マーケティングオートメーション)の導入によるコミュニケーションのDX

企業のマーケティング部門で多く活用されているMAですが、大学広報においても一定の価値があります。私自身もMAを導入し、ハウスリスト活用での継続的なコミュニケーションを実際に導入しました。
MA導入の際に気をつけていただきたいことは、大学独自の管理項目をDB内で管理できるかという点です。大学の場合、企業のMAにはない項目として「学年」があります。かつ学年は1年ごとに繰り上げ処理を行う必要がありますので、学年を管理するかという点があります。
そして、効果を出す運用を目指すのであれば専属に近い形で担当者をつけることが必要です。後ほど解説しますが、これは大学の場合、MAのシナリオがほとんど機能しないため、自動化が難しい点にあります。
人力でリストのセグメンテーションを都度行い、セグメントごとに合わせたコンテンツの作成ができるのであれば、出願歩留まりの向上に効果があるでしょう。
そして私の経験上、MAの運用で課題だった点は「高校生のほとんどがiPhoneを活用しており、セキュリティ上トラッキングが難しい」といった点です。本来であれば、どのメールにクリックがあった、HPのどの学科のページを多く閲覧しているなどの情報から、シナリオを発火させ自動化することができますが、トラッキングができない学生が多いため、先ほど述べたように人力で解消することになります。

今後の大学広報DXのありかた

大学広報に関しては、大学独自の運用が多く、企業で結果が出たシステムをそのまま使えないといった特徴があります。
また、スマートフォンのトラッキングは今後より厳しくなるため、「受験生が見たくなる高品質なコンテンツ」を発信し続けるなど、より本質的な施策が必要となります。
先進的な大学では学生管理基盤をsalesforceに変更するなどの動きがみられます、今までのようなレガシーシステムとなりうるシステムから脱却し、よりコスト効率のよいシステムを導入することが今後は多くなっていくでしょう。
そして、18歳人口が減りより厳しさを増すマーケットではこれまで以上に「学校ブランド」「偏差値」が求められるようになります。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?