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日本シリーズは秋の季語

シーソーゲームの連戦&熱戦。
今年のプロ野球日本シリーズが幕を閉じた。

前年最下位同士、尻どうしが合わさって尻s…
そんなダジャレが言える状況ではなかった。

今年はもう、ひたすらに面白かったのだ。
全国のプロ野球ファンよ、やっぱこれだよね!

というわけで、今回は日本シリーズについて書くのだが、試合回顧や解説ではない。

昭和を生きた日本人にとって、プロ野球日本シリーズとは、はたしてどれほどのイベントだったのか。その存在意義を、当時小学生だった団塊ジュニア世代の視点から考察してみたい。

かつて、野球は、日本スポーツ界の王様だった。今でいうと、キラーコンテンツ。

テレビ中継は視聴率20%超え、ニュースも新聞も、スポーツ欄は野球メイン。茶の間の雰囲気は、オヤジの贔屓チームの勝敗に委ねられていた(9割が巨人)

筆者のウチにはオヤジがいなかったが、それでもテレビ中継の進行と連動して、隣の家のオヤジの喜怒哀楽が聞こえてきた。

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当然、筆者も小学3年生から野球を始めて、毎日練習、学校でも野球、ファミコンでも野球、すべてが野球をベースに生活していた。

そして、日本シリーズ。
もうこれは、子どもながら、真剣に特別な試合なのだと認識。

1980年代のプロ野球は、パリーグ絶対王者の西武に対して、セリーグは、巨人、広島、阪神、中日が毎年入れ替わりで立ち向かう図式。ヤクルトファンだったが、日本シリーズは楽しみだった。 

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当時の日本シリーズは、全試合デーゲーム。今年のように、冬突入期のナイターなんて過酷な環境下ではなく、日中はポカポカ、夕方少し肌寒く感じるほどの初秋、10月下旬の開催だった。

平日の午後、もちろん、お父さんたちは会社や職場、子どもたちは学校だ。球場に足を運べる者は言うまでもないが、テレビを生で観られる者も選ばれし者か、じいちゃんばあちゃんだけだった。

それでも大人はまだいい。当時の職場では、この時期だけ、就業時間中でも日本シリーズをテレビやラジオで流していたところは多かったと聞く。じつに寛容な時代だ。

可哀想なのは子どもだち。平日はもちろん学校。試合開始時間はちょうど5時間目だった。経過が気になってしょうがない。でも情報がない。

そんな中でも、昭和の子どもはたくましい。
学校の近所に住んでいるクラスメイトに猛者がいて、忘れ物を取りに行くという大義名分を利用し、テレビを観に帰って試合経過を知らせてくれるファインプレーのMVPも生まれた。

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そしていよいよ6時間目も終わり、放課後の下校タイムである。でも試合は終盤。もちろん帰ってる時間はない。我ら野球少年はどうしたか。

なんと、職員室でテレビが観れたのだ。先生たちもすっかり放課後タイム。雑務しながらタバコをふかし、テレビに釘付け。そんな姿を見られてバツが悪かったのか、子どもたちにも、職員室のテレビを解放してくれた。

普段、職員室に入室する時は、ドアをノックしてから『失礼します』と言ってドキドキしながら入る、大人の職場だった。

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でも、この時ばかりは、入口ドアから周りの窓まですべて解放され、子どもたちが、列をなして顔を覗かせるワイワイランド。

そして、14インチの赤い小さなブラウン管からは、真剣勝負の緊迫感がビシビシ伝わってきた。 一球一球にため息と歓声。

教室では少しコワモテの先生も、茶の間で見せる喜怒哀楽のオヤジそのものだった。『あー、ウチではこんな顔してナイター観てんだな』なんて思ったものだ。

秋の夕暮れ時、傾きかけた夕陽は、西武球場のダイヤモンドを照らす。その影と光のコントラストがなんとも切なく情状的で、子ども心に、秋の訪れを感じた。

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10月のこんな光景は、しばらく続いて、毎年この時期になると、先生たちも心得たように、子どもたちと一緒に日本シリーズを共有してくれた。

令和の今なら、もちろんご法度だろう。
あの時代、まだまだ封建的な風潮が残っていて、体罰や不平等なんて理不尽な事もたくさんあったけど、一方で、ルールや監視に縛られないエアポケットのような時間や空間はあちこちにあって、自由で寛容な雰囲気も、日常のあちこちに感じられた。

そして、あの頃の日本シリーズは、
まさに、秋の風物詩として君臨していた。

最後に、ある作家が私小説で書いていたエピソードを紹介する。

昭和54年(1979)の日本シリーズは、広島vs近鉄。あの"江夏の21球"が生まれた伝説のシリーズ。

主人公は、待ち合わせに遅れたのだが、原因は江夏の21球をテレビで見ていたから。当然、バツが悪い。でも、結局みんなが遅刻した。そう、みんなテレビに釘付けだったのだ。

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待ち合わせに遅れようとも、仕事が止まろうと、『日本シリーズ、観てたろ?』で許してもらえた昭和の日本。

毎年10月の終わり、早まる夕暮れに照らされるスタジアムは、日本中が夏の終わりと秋の到来を実感する象徴だった。

野球の国、ニッポン。
やっぱり日本シリーズは、11月のナイターより、10月のデーゲームがいいな。

2021/11/29
Hacasse

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