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安全基地を求めてる

わたしはイジメにも遭いましたが、幼少期からずっと心にポッカリ穴が空いたような感覚もあり、どこか浮いた存在で周りとうまく馴染めないことを感じていた。
それは今も多少は残っています。

父には「お前は変わり者。普通じゃないから」とかも言われており、そのせいか自虐的な発言をする癖もついてしまった。
嫌なことがあるとたまに癇癪を起こすこともあって鍼灸に連れて行かれたこともあったので、精神が不安定になりやすく自分は変わり者なんだ…という認識はあった。

そんな面もイジメを受けた要因だったのだと思う。

学校に信用できるものはおらず、高学年からは一人ですごした。

言葉にして、詮索されることは一番嫌でした。

「ねぇ、学校たのしい?」とか、「暗いよ、もっと笑いなさいよ」とか無理矢理輪の中に入れさそうとするのは良くないです。

担任から「コミュニケーションはキャッチボール」の本を読みなさいと差し出されたときは余計なお世話すぎて腹が立ちました。

自分はやっぱり普通じゃないんだと認識するだけでさらに悩むからです。

もしかしたらあの子は辛いんじゃないのかと気づいたら、そっと黙って見守ってあげてほしい。

大事なのは気づいた後の大人の接し方にあると思います。


わたしのような捻くれたタイプの場合はとにかく自由にさせてあげてほしい。

ほっといてほしいんです。

独りは嫌いだけど1人は好きなんです。

近づいて干渉すればするほど嫌になります。

でも安心感、帰る場所は絶対にほしい。

絶対に見捨てられたくはないんです。

欲しいのは安全な場所、心の拠り所でした。

否定や批判をせず何にも言われない、ありのままの自分をただ受け入れてほしい。

母は普段は優しく愛情を注いでくれたけど、学校でイジメられてることを吐くとか弱音には厳しいため、怒られるのも怒らせるのも嫌だったので…二世帯の婆さんのところへよく逃げ込んで泣いていた。抱きしめられると安心した、そこが安全基地だった。

抱きしめられると安心するのは人の肌のぬくもり、あたたかさが伝わるからです。



心の声を向ける場所はスケッチブック。

そこにポエムや絵を書きまくりました。

誰にも邪魔されない自由な場所、何にも言われず自分をさらけだせる唯一の場所だったからです。

こういう子は、誰にもなんとも言われない自由で安全な場所が必要なんです。

自分の好きな時に、好きなことをすることが大事な時間なんです。
その時間が自分で自分を癒やす時間なんです。

今、辛かった過去を言語化するのは、その時に満たせなかった自分への慰めでもあります。

かつての文豪たちも満たせなかった不十分な愛着を作品に昇華させたという。

自分が心から楽しめること、没頭できることにエネルギーを向け昇華させるのはいいことだと思います。
充足感、生き甲斐、自己肯定感が上がるからです。

そういうことの積み重ねが解毒なんだと思います。

そして、わたしの悪い癖に同じ話を何回も繰り返してしまうところがあります。
これも、子ども時代から大人になった今までずっと続いてる自分の中にいる子どもなんです。
もっとちゃんと話を聞いて欲しかった、わかってほしかった…という気持ち、満たされない部分が今も自分の中に続いているんだと思います。

インナーチャイルドを癒していけばもっと本来の自分で楽観的に生きやすくなるのかなって考えてます。

今悩んでいる皆んなも、少しずつ克服できるまで。

ゆっくり、一歩ずつでいいから自分を癒していこう。



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