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鳥とおっさんと私(明治神宮)

 明治神宮。いつも背負っているリュックの中に無造作に一眼レフを突っ込んで、そこを訪れた。東京のど真ん中に森のように生い茂る木々があるその場所は、東京へ上京してきてすでに7年目に差し掛かろうというのに初めてだった。以前、とある写真展で、明治神宮の普段は立ち入れない場所に泊まり込んで明治神宮の森を撮影したものがあった。それを見てこの場所を訪れることに決めたのだ。
 明治神宮本殿へ続く砂利道ではなく、裏道を進むと、背が高い木々の合間から木漏れ日が差し込み、耳をすませば鳥の鳴き声が聞こえてくる。見上げながら鳥の姿を探してみるが、私の目では捉えることができなかった。
  それから、有料の庭園を周り、いくらか気になったものを撮影したのち鳥が屯している場所を見つけた。生い茂った木の暗がりに、なんの鳥かはわからないが多くの鳥がピーチクパーチクいいながら飛び交っている。どうも食事中のようで度々何かをついばんでいるのを目に捉えることができる。カメラを向けてみるが、暗がりの鳥を捉えることは難しく、呆然としながらその様子をしばらく眺めていた。 
 ふと、振り返ると一人のおじさんが近づいてきていた。その人も手にカメラを持っていた。目が合うと目尻に入ったしわを深め微笑みを向けられる。
「何か見えますか」
 おじさんはそう言って私の隣に並んだ。
「鳥がたくさんいるんですけど、なんの鳥かわからないんですよね」
私が暗がりへ目を向けながら言う。鳥は時折下に流れる用水へ降りてきては水をかぶる。いたずらに姿を見せてくれる鳥を眺めながら、手持ちのレンズではきついなと苦笑を浮かべる。
「ああ、あれはヒヨドリですね」
「ひよどり?」
「たぶん。うん、やっぱりヒヨドリだ」
 それまで野鳥に目を向けたことがなかった私はヒヨドリという名前すら知らなかった。何度かその名前を呟き頭に覚えこませる。その間にもおじさんは何枚か写真を撮ってみるがうまく撮れなかったらしく顔をしかめた。
「よく撮りに来るんですか?」
「ああ、はい。野鳥を撮るのが好きで、でもこっちの方はたまにですよ。家はどちらかというと葛西とかのほうなので、葛西臨海公園とか行くことが多いですね。あなたはこの辺ですか?」
 おじさんに尋ねられ首を横に振る。
「ここは今日初めてきたんです」
「そうですか。ここは木々がすごいですからね。普段も野鳥を撮ったりしてるんですか?」
「最近撮り始めたんです。だから何も知らなくて…。他に撮れる場所って知ってますか?」
「そうですねえ、私はさっきも言った葛西臨海公園とか、あとは上野の公園とかはいいですよ。普段でもカメラマンが並んでいるところとかに行って、よく話を聞くんです。何が撮れるかとか、どういうふうに撮っているかとか。やっぱりああいう人たちはすごいですよね」
「なるほど」
そうやって情報を集めていけばいいのかと頷く。普段はあまり明治神宮へは足を運ばないらしいおじさんはとても親切に教えてくれた。
「そうだ、御苑に行ってみるといいですよ。この中にある有料の場所なんですけど、あそこもたくさん鳥がいますし、綺麗ですから」
「そうなんですか。行って見ます」
 あれ、そこさっき行った場所だなと思いついたのは、答えたあとだった。しかし、すでにおじさんはにこやかにそれでは頑張ってと告げて歩いて行く。私はもう一度ファインダーを覗き込み、鳥の姿を探してみるがすっかり食事を終えたらしいヒヨドリはどこかへ飛んで行ってしまっていた。
 太陽はどこかどんよりした雲が覆い隠してしまっている。肌寒くなってきた季節、私は今日は諦めて帰ろうとその場を離れた。

「おじさん世代に好かれているよね」
 帰り道にふと、大学時代の友人に言われた言葉を思い出した。とくに心当たりもなく首をかしげる私に、友人は身近な例をあげてくれた。それはゼミの先生だったのだが、それこそ無自覚だった。確かに、何故か苗字ではなく名前にさん付けで呼ばれていた。しかしそれだけである。それほど構われた記憶もなければ、特別扱いを受けた覚えもなかった。ゼミの先生は他にもファーストネーム呼びをしている人がいたからだ。やはり頭上にはてなマークを浮かべる私だが、そう言われるとそうなのかもしれないと思い当たることはいくつかあった。
 その一つが中学生の時のことだ。担任になった教師にファーストネームで呼ばれたのだ。それも、新学期が始まってそれほど時間が経っていない時である。私は驚いた。たまたまその場に居合わせたクラスメートも驚いていた。そして、クラスメートは私に、「え、そういう関係?」と聞いてきた。どういう関係だ。
 もちろん否定した私だが、授業中は別にして結局卒業するまでファーストネーム呼びだった。特に否やもなかったが、今更になって真意を聴きたくなってくる。と、そんなことを思い出してしまった私は、確かにおっさん世代に好かれやすいのかもしれないと思った。というより、他人から話しかけやすい見た目や雰囲気を出しているのだろう。さらにカメラを持って何かを一生懸命撮っていることからも声をかけてみたくなる要素なのかもしれない。
 とにかく、今度はあのおじさんが言ったように葛西臨海か上野へ足を運んでみようと決めた。 

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