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《サス経》 異国で見る月

アマゾンの入り口で見た満月

 昨夜の満月は今年最大の大きさだったそうですが、皆さんのところではどのように見えたでしょうか?
(※昨夜とは、このメルマガを出す前夜、2023年8月31日の夜のことです)

 実は私はこの満月を、ブラジルのベレン郊外の夜道から見ました。ベレンと言ってもご存知ない方が多いと思いますが、来年の気候変動枠組条約のCOP30が開催される都市です。ブラジルはパラー州の州都で、アマゾンの入り口と言ってもいいかもしれません。

 隣接する都市を含めると人口200万人を超える大都市で、高層ビルも林立しています。出席する会議がこのベレンで開かれるのですが、せっかくここまで来たので、その前にブラジルの農地を見ておこうということで、内陸部に向かいました。

 夕方の移動だったので、大きな橋を渡る途中、川の向こうに沈む夕陽を眺めることができました。そして、両側にプランテーションが続くまっすぐな道をひた走っていると、やがて真ん丸の月も見ることができました。明かりのまったくないところで見たせいか、いつもより明るく輝いて見えた気がします。それでももちろん、日本で見るのと同じ月です。

 車で目指したのはベレンから200kmほど南にあるトメアスーという町です。ご存知ない方も多いと思いますが、日本から南拓(南米拓殖)でたくさんの方が移住した場所です。道路がかなり整備された今でも、ベレンから車を飛ばして3時間以上かかります。到着した時には、自宅を出てから44時間が経過していました。

日本からの移民たちが見た月

 ここに入植が始まったのは1929年(昭和4年)で、その頃は日本からの移動手段はもちろん船です。40日以上かけて未知の国ブラジルに渡り、そこからさらに小型の船で川を一晩かけて上った先はジャングルしかない場所だったのです。それだけでも大変なご苦労であったことが容易に想像できます。月夜の晩には、一体どんな気持ちで月を眺めていたのでしょうか。

 そういう歴史を持った町なので、トメアスーには今でも日系人の方が多くいらっしゃり、日系人を中心とした農業組合もあります。当地での農業も一筋縄ではいかなかったのですが、さまざまな問題を克服するために80年代半ばから複数の作物の混植し、これが後にアグロフォレストリーを実践する町として知られるようになりました。

アグロフォレストリーのメリット

 トメアスーで行われているアグロフォレストリーは、カカオや胡椒などの作物を背の高い木やヤシで被陰して育てるというやり方です(トップの写真参照)。これにより直射日光を嫌う種類の植物が育てやすくなる、早い段階から常に収穫するものができて経済的に安定する、環境にも配慮できる、などさまざまなメリットがあるのです。

 人手がかかることを始めとして、規模化しづらい、短期的な利益の最大化にはならない、などのデメリットもあるのですが、逆に雇用を生み出し、収益も安定化するので、実践している農家の方々には人気があるようです。その成果はブラジル国内はもとより国際的に有名になりつつあり、見学者も多いとのことでした。

 私もそのアグロフォレストリーの現場を自分の目で見てみたいと思って足を伸ばしたのですが、やはり実際に見せていただくとなるほどと思うことがたくさんありました。

ネイチャーポジティブに向けて

 ちなみに私自身はネイチャーポジティブなビジネスを育て、ネイチャーポジティブな経済を実現することに今とても興味があります。アグロフォレストリーを実践していないようですが、ネイチャーポジティブにも十分につながりうるやり方だと感じました。そして何より、これからの農業の可能性を大いに感じさせてくれるものでした。

 一般に一次産業は古い産業、過去の産業だと思われがちですが、私はそれはとても古い考え方だと思います。もちろん、ただ昔からのやり方を続けていただけで発展はないかもしれませんが、アグロフォレストリーを含めて新しいやり方はいろいろあり、そこには大きな可能性があります。実際、海外では農業が成長産業になっている国も少なくありません。そして何より、私たちは生き続ける限り、食べものを食べる必要があり、それを支えているのが農業です。

 トメアスーの日系人の方々が、入植先の厳しい状況の中、さまざまな苦労をしてたどりついたのがアグロフォレストリーでした。私たちも今の時代の中、試行錯誤を繰り返せば持続可能で、経済的にもメリットの大きい農業をきっと作り出せるはずです。そして農業だけでなく、自然をうまく活用し、そして再生するようなネイチャーポジティブ経済も実現できるでしょう。

 祖国から遠く離れた場所で逞しく生き抜いてきた日系人の方々のお話をお聞きしながら、私たちは次の社会のために何ができるのか、もっと自分自身を追い込んで挑戦していきたいと思いました。そして何が起きても必ず、月はいつも私たちを優しく照らしてくれるはずです。

 サステナブル経営アドバイザー 足立直樹


株式会社レスポンスアビリティのメールマガジン「サステナブル経営通信」(サス経)474(2023年9月1日発行)からの転載です。

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